ストッキング

  • 2014.09.11 Thursday
  • 22:10


おおらかでやさしく、そしてわがまま。
これが彼女の、今の時点での僕のイメージらしい。
「この三つだけは確信ある。いろいろと分析してみたの」

もう一度復唱してみよう。
おおらかでやさしく、そしてわがまま。

「そのわがままってのが引っ掛かるなぁ」
僕はビールを口にしながら彼女に尋ねる。
「わがままよ。あなたにはこれだけは絶対、というモノがあって、それに関しては人が変わったように何が何でも引かないし、絶対に譲らないの」
彼女は僕の目をじっと見つめて、時折笑みを浮かべながら言った。

「なるほど、、、でもさ、誰でも譲れないモノの一つや二つくらい持ってると思うけどな」
「うぅん、あなたの場合は少し特殊なの。例え私が今夜だけは一緒にいたいと言っても、考える間もなくそれは無理、って簡単に言う、そういうところも含めて」

彼女のバッグの中には、先ほどこの店に入る前に立ち寄ったコンビニで買ったストッキングが入っている。
僕に逢ってすぐ、手に持っていた鞄のファスナー部分で引っ掛けて伝線させてしまい、
どこかでストッキングを買いたい、とのことだったのだが、
それは同時に、その時の彼女がいつもそうであるように、
今夜はあなたと一緒にいたい、という僕に対しての彼女なりのサインでもあった。

「もうどうせ帰るだけなんだからいいじゃないかそれくらい」
「イヤ。伝線してるストッキングを平気で履いている女の人を見ると、同じ女として恥ずかしいというか、許せない気持ちになるの」

彼女は、例外を除いた世の中の殆どの女の人がそうであるように、
ほんの少しのものでも、伝線したストッキングを履き続けることを許せなかった。
僕は何となく、そんな伝線したストッキングに僕と彼女の関係を照らし合わせてみる。
伝線したストッキングに、彼女のバッグの中に入っている新しいストッキング。
何度履き続けてもなかなか伝線しないストッキングもあれば、
新調したばかりなのにすぐに伝線してしまうストッキングもある。
どちらにしても長く履き続けられるストッキングなどきっと皆無で、
ストッキングは生まれてから死ぬまで、繊細という名のもとで使命をまっとうし、
そんなストッキングにとって、伝線することはもはや宿命とも言える。

彼女は時計を見る。すでに午前0時を回っている。
「帰らなきゃ、終電なくなっちゃう」
「ごめんね、気を悪くしないでおくれよ」
「気は悪くしてないけど、なんか寂しいね、こういうの」

男は今日を見る生き物で、女は明日を見る生き物だ。
とは、昔何かの本で読んだ一文だ。
それがどういう意味を指しているのかをうまく理解することが出来れば、
僕は同じことで何度も悩むことなんてないんだろう。
でもそう、男と女のすることなんて、相手が変われどいつもだいたい同じこと。
同じことをして、同じことを求めて、同じことに悩んで、そして失敗する。

改札で彼女を抱きしめる。
このほんの何秒間で、僕と彼女のいったい何を繋ぐのだろう、と考える。
だって振り向いた時にもういなくなってるとすごく寂しいんだよ、あれ。
いつか彼女がそう口にしていたように、
いつからか本当に、改札口で見送る僕を彼女が振り向くことはなくなった。
けれども考えてみれば、僕がそこに留まろうが、すぐにその場から去ってしまおうが、
それが僕と彼女のこれからの関係の指針となるわけではないのだ。

彼女が僕のいる改札口のほうを振り向かないことを知りながら、
僕は彼女の姿が消えて見えなくなるまで、彼女の後ろ姿をぼんやりとした気持ちで見つめる。
そんな時僕はいつも、鏡に映る自分の姿はうまく取り繕うことが出来ても、
人の後ろ姿というのは何て無防備なものだろうか、と、こうして彼女を見送るたびに考える。

彼女の姿が見えなくなって、僕は踵をかえす。
深夜の薄暗い道を歩きながら、僕は彼女のバッグの中に入っているストッキングのことばかりを考えた。
丸まってクシャクシャになって、簡単に捨てられてしまうストッキングのことを考えた。
ストッキングなど、ほんの少し軽く指で引っ掛けた程度で伝線するのだ。
ほんの少しの力で、音もなく、静かに、スーッと。
まるで頼りない、我々の関係のように。

おおらかでやさしく、そしてわがまま。

狡さを多く含有する僕のわがままは、精一杯息を吸って吐き出したところで、今さら僕の体から消えてゆくことなどない。
そして彼女は、伝線したストッキングを許すことなど、きっとこれからだってないのだ。

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