野生の本能

  • 2015.02.01 Sunday
  • 11:10


深夜、よく立ち寄っているコンビニへ入ろうとすると、すぐ傍らから
「ニャァーっ!ニャァーっ!」
という鳴き声が聞こえてきたので辺りを探してみると、黒ネコがモノ欲しそうに鳴いていた。
近寄れば離れ、離れれば見つめられ、
けれどしゃがんで人差し指を向けてみると、
少しずつ近づいてきてクンクンと指の匂いを嗅ぎ、
その小さくザラついた舌で指先をペロッと舐めてきた。
そうかそうか、これはつまり、
「おいダンナ、なんか食いもんくれ」
ということなのだな、と思い、まぐろのネコ缶を買ってくれてやる。

しかし人間を警戒するのは彼らが身を守るための習性だから仕方がないとしても、
「おい、こっち見んなよ」(シャーッ!シャーッ!)
と必要以上にダンナを威嚇するのはいかがなものか。
誰がオマエにお給仕してやったと思ってるんだい?
ええいこのー!

ところで先日、とある友人から、
「ナオトさんも健康診断を受けたほうがいいですよ!」
と提言され、ふぅむ、健康診断ねぇ…と腕を組んで考える。
彼だけに留まらず、周りの人も口々に、
四十もとっくに過ぎたのだから一度人間ドッグくらい受けて診てもらいなさいとか、
市でやっている健康診断へ行ってきなさい、と僕をそそのかすのだが、
そもそも当の本人にその気がない。
こうして煙草を吸いビールを呑み、食べ物が美味しい、
という時点で、オレは充分に健康だ!という安直な結論に達しているのでその必要性を感じていないのだ。

会社の健康診断を受けたというその彼は、
いつも体が怠いだの、疲れただの、眠いだの、調子が悪いだのとブツブツ呟いては、
本当に気の毒なくらい疲れた表情を常に惜しみなく見せているような男なので、
「で、どこか悪いところはあった?」
と尋ねてみる。
すると彼は、
「それがどこも悪くない、健康そのものだ、って言われたんですよ」
と、どこか不服そうな面持ちで言った。

「あーっ!さてはおぬし、その診断結果に納得がいってないな!」
と僕は言った。
「納得いかないですよ、こんなに体が怠いのに。今だってすごく調子が悪いんですよ」
「バカを言うんじゃない!数値は嘘をつかない!それは病は気からの典型だぞ、安心しろ」

確かに、自分の具合が悪いな、熱っぽいな、などと感じた際に体温を測って、
体温計に『36.1℃』とか表示されると、おかしいなぁ、と
少し拍子抜けしたような気持ちになることはなくもないが、
その逆もまた然り、下手に体温を測って『38.7℃』とか表示されると、
うわわ!やっぱり熱がある!と心がうろたえてガックリくるので、
僕はなるべく体温計は使わず、
煙草やビールの味で自分の体調を測るように心掛けている節が存分にある。
でもたぶん、このような人は他にもたくさんいるだろう。

以前僕の知人にも、
「自分は鬱に掛かってると思うんですよ、間違いなく」
と勝手に思い込んでは、自らの行動力の無さや思考力の浅さ、
そして何より何事に対しても無気力なこの状態は、
鬱がすべての原因なんです、と自らの体たらくを擁護している人がいたが
(これがまたそういう人が多くいる)
病院へ行って診てもらい、どこも悪くありませんよ、と診断されると、
そんなはずはない!私は絶対に鬱なんだ!こんな病院は信用出来ない!
とメチャクチャなことを言い出して、その後幾つもの病院を転々と訪れる。
そして、あぁ、総合失調症ですね、お薬出しましょう、と診断を下されてやっと、
あぁ、やっぱり私は(僕は)鬱だったん だ、と彼らの心に安穏が訪れるのだ。
傍から見ている僕からすると、そんな気持ちで幾つもの病院を転々としているから
健康な心も萎えてきてしまうのではないか、と思うのだが、人の心は宇宙である。
星がキラキラと煌めく空間にもなれば、どこまでも闇が広がる世界にもなる。

「出ている数値を信用出来ない、っていうのは心の問題だ、心療内科へ行ってこい」
いつまでも診断結果表をヒラヒラと手に持ちながら、
不服そうソレをじっと睨み続けている彼に僕は言った。
「そんなもんを穴が空くほどいつまでも見ているからいけない。そういうヤツが胃に穴が空くんだ、よこせ、そんなもん捨ててやる!」
僕は彼が手にしている診断表をつまみあげようとすると、
彼は、や、やめてくださいよーっと言って体をねじらせ抵抗した。

この男が本当に心を病んでしまっているとしたらどうだろうか、と一瞬考える。
けれども幸いなことに僕にそれは分からないし、きっと彼にだって分からない。
世の中には本当に心を病んで闘っている人もいるし、
本当に体や心を壊して闘っている人や、
そのような人を身内に持って必死に支えている人も知っている。
ただ、知っている、というのは病状のことを指しているというよりも、
そこへ立ち向かってゆくその人々の姿勢について、と言った方が相応しいかもしれない。
それに比べて目の前にいるこの男の病に対するその気の持ちようというか、その脆弱で軟弱な姿勢は何だ。
そもそもお前は健康ではないか、と僕は再び彼に言った。

「よし分かった、それは捨てない。その代わり笑え!」
「わ、笑うんですか!!」
「そうだ!笑え!」
「こ、こうですか」
「違う!もっと口角を上に引き上げるように笑ってみろ!」
「こ、こうですか」
「うーん…何か違うんだけどまぁいーか。よし、その顔で女の子をデートにでも誘え、そしてあわよくばそのまま愛人にしてしまえ、元気になる」
「何をメチャクチャなこと言ってるんですか!そ、そんな時間も余裕もありませんよ」
「だからその脆弱な姿勢がいけないんだ!」
僕は再び彼が手にする診断表をつまみあげて今度こそ本当に捨てようとしたが、
彼は先ほどよりももっと大きく体をよじらせて、
だからやめてください、と言って必死に抵抗した。
そして我々は声を上げて大いに笑った。

それに比べたら我々人間と違って動物はなんて偉い。
食に貧しようと体に怪我を負おうと、手当ても受けずに自らの力で克服しようとする。
そう思うと、思わずネコ缶を買って与えてしまった自分の甘さに比べて、
「シャーッ!」と大きく口を開けてこちらを威嚇している目の前のネコは何てたくましいものか、と考えた。
残念ながら我々人間はもう野生には戻れないのかもしれないが、
きっと心の一部にはまだ野生の本能が眠っているはずで、
ただそれを発揮する場所が残されていないだけの話かもしれないのだ。

僕もいつか人間ドッグや健康診断を受ける日が来るのかもしれないが、
もうしばらく、もうしばらくは自分の体の状態を自分の感じ方で信じてみたい。
自分の中に眠る野生の本能を、ずっと眠らせたままにしておくのはあまりに惜しく、
ひどくもったいないのではないか、という気がしてならないからだ。

ちなみに彼は、妻子持ちである、ワンダフル。

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