ちょっとだけステキなお話

  • 2012.05.12 Saturday
  • 00:03


デパートは女の職場、女の世界だ。
男女の比率を好意的に考えても7:3くらいの割合で、俄然、女性が多い。
よって男子にとってデパートで働くということは毎日が出逢いのようなものだけど、
休憩室で煙草を吸いながら休憩していたりすると、
聞きたくもない女子特有の人の噂話や、
姿形は若くとも、心はおばさんの領域に入っているような子を目の当たりにしたりして、
心がぞーっと萎えては、ウォークマンで耳を塞いだものだ。
ただ、社員専用エレベーター内で十五人くらい乗っていても男は自分一人だけ、
みたいなうれしい状況によく遭遇したりして、
女の人の髪や服から香る妖艶な香りが、
上階の社員食堂へ向かうぼくの気持ちをよく癒してくれた。

よって出逢いが無い、彼女が出来ない、と嘆いているような輩がもし傍にいれば、
それならとりあえずデパートでバイトしろ、と進言してしまっても
決して大げさでも乱暴な言い方でもないと、ぼくは思う。

何を隠そうそんなぼくも今から十三年前くらい、
つまりぼくがまだ二十六歳だった当時、
池袋にある某デパ地下の惣菜屋さんでバイトをしていて、
その居心地の良さからなんと五年もそこで働いていてしまったワケだが、
大学生バイトだけでもゆうに二十人以上はいるバイト先の惣菜屋さんはもちろんのこと、
焼き鳥屋さんだとか天ぷら屋さんだとか、
ケーキ屋さんだとかうなぎ屋さんだとか、
青果屋さんだとか和菓子屋さんだとか、
とにかくいろいろなお店の人たちと仲良くさせてもらって、
歓送迎会はもちろん、平日でも仕事明けに呑みに行ったり、
ボウリングやBBQへ行ったりと、
実に様々な個性の中で愉快な思いをさせてもらったものだ。

そんなデパートで築いてきた友人の多くは、
あれから十年以上経った今もその関係を継続して、
時々会ったり、呑みに出掛けたり、はてはライブへ来てくれたり、
会えなくともその相手のことを思い出したらメールをしたりして、
出逢ったきっかけはただのバイトでも、お互いの恥ずかしい「昔」を知る、
今では貴重な友人に昇華して、心の傍にいたりする。

ただその数は、会わなくなった人たちのほうがやっぱり多いのだけど。

そんな、会わなくなってしまった人たちの一人に、
当時パン屋さんでバイトしていた大学一年生のCちゃんという子がいて、
休憩室でちょくちょく顔を合わせたり挨拶を交わしているうちに仲良くなり、
そんな流れで呑みに行ったことがきっかけで、
我々は池袋を離れて恵比寿や代官山へ遊びに行ったり、
夏は花火大会などへ一緒に行って手なんてつないだりして、
まるで温かなひだまりの中にいるような時間を半年以上も共有していたので、
たぶんぼくのほうから付き合おう、と口にすれば
きっとその恋は成就出来たのかもしれないな、と今も思う。

ただ、きっと誰も信じないだろうが、ぼくは一般的な奥手なタイプではないにしても、
好きな子にはめっぽう臆病というか慎重になってしまうタイプだし、
そこには大人のいろいろな事情もあったので、
そんな気持ちをそっと封印して、その子に対する切ない気持ちを歌にすべく、
「君を思う」という曲を書いた。

もちろん、そんな気持ちでその曲を書いたことなんてその子は知る由もないのだが、
その子が観に来てくれたライブの時にはいつもセットリストに入れていたので、
たぶん、少なくとも三回は聴いてくれたのではないかと思う。

ぼくと彼女は、どちらから身を引いたんだろ。
そんな肝心な部分をぼくはすっかり忘れてしまったのだが、
たぶんそんなことはどうでもよくて、
例え素直になっても素直になられても困る関係にあった我々は、
気持ちを届けることもなく、その長く温かなひだまりの中から、
どちらからともなく、そっと抜け出したのだ。

それが確か、ぼくが二十七歳、彼女が十九歳の時だったと思う。
だからもう、記憶の中では鮮やかでも、十年以上も前の話になる。
別に何てことはない、どこにでも転がっているような恋の話。
あれから十年という月日が流れて、
日常の中で彼女のことを思い出すことなどなかったし、
彼女がどこで何をしているかも分かるはずもなかった。

ところがある日、自分のHPのBBSに新着の書き込みがされていて、
誰からだろう、と目を通した途端、
思わず目を丸くして、ぼくは固まった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●お久しぶりです!!10年ぶりくらい??かな。
某デパ地下のドンマイ(パン屋さん)でバイトしてたCです。

覚えてる?忘れられてたらかなり悲しいけど。。

私は、結婚して栃木県に住み2歳の男の子のママしてます。
鈴木さんの活躍をhpで知り、とても嬉しく思います。

当時、時代の流れに逆らって「携帯電話なんて絶対持つもんか!!」
といって連絡のつきずらかった鈴木さんが
現在、hpをもってるのが会っていない間の時間の流れを感じます(笑)

鈴木さんの、君をおもうが聴きたいなぁ。
けど、遠いし子供いるし聴きにいけないなぁ。
なんて子供を寝かしつけながら思って、
ネットで検索してみたらヒットした次第です。
あの曲が売っていればいいのにな。

なかなか会いに行くのは難しいけど、
遠い場所から 鈴木さんの活躍を応援しています。

がんばってくださいね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

なんとBBSに投稿してきた人は、その彼女だった。

「君を思う」が聴きたいーーー。

届いたのだ、十年越しで。
あの時言えなかったことや伝えられなかったことが、
曲という容れ物に乗って、風に乗って、
十年越しで彼女の心に届いたのだ。

ぼくは彼女からのその書き込みを読みながら、
目の前に忘れていたあのひだまりの日々と光景が広がって、
大きな驚きと共に、心の奥を潤ませた。
決して正直になれなかったあの頃の自分を悔いたのではなく、
そうかそうか、よかったよかった、結婚して、ママになったのかと、
そして、ほんの小さなものではあったけれど、
我々が感じていたあのひだまりに勘違いはなく、
そして嘘の時間でもなかったんだな、と、
眠っていた霧がスーッと晴れたような、とても清々しい思いに包まれて、
信頼のおける思い出へとその形を変えた。

これがもし有名アーティストのヒット曲で、
あなたの思い出の曲に関するエピソードを聞かせてください、
なんていうテーマを投稿するラジオ番組などであれば、
今のエピソードを読み上げられた後で、

「それでは聴いてください、鈴木ナオトの“君を思う”!」

とDJが紹介して曲がバーンと流れるところなのだろうけど、
残念ながら、それは無い。
少なくとも今現在に於いてそういうところまで自分を持っていけていないのは、
体たらくなぼくの責任なのだ。

けれどもそんなふうに自分のことを思い出してもらえたことが純粋に嬉しくて、
忘れられていない、って嬉しくて、
思いがけず舞い込んできたステキな思いが冷めないうちに、と、
その後のライブでは久々に君を思うを歌った。

もう届いたのなら届ける必要なんてないのかもしれないけど、
それでも歌は、今も生き生きとした形でこうしてここに残っている。
だから、どこにでもある平凡な、
彼女との恋と名付けてよかったであろうあのひだまりの日々を、
十年経った今も、ぼくは感謝している。

きっと、これからだって。
キュン。

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