愛おしい人たち

  • 2013.01.29 Tuesday
  • 06:00


27日の代々木labo『pop circle』を観に来てくれた皆さま、共演者の皆さま、代々木laboスタッフの皆さま、本当にどうもありがとう。
代々木laboは今回で四回目の出演で、初めてのブッキングライブだったのだけど、代々木laboというライブハウスは、その深海を思わせるような屈指の照明と吹き抜けの二階構造の作りがまるで少年時代に夢見た秘密基地のようで、個人的にとても好きなハコだ。
加えてここのライブハウスのスタッフの人たちはとてもフレンドリー、かつ好意的なまでに親切な人たちで、文字にしてしまえば簡単だけれども、ステージを魅せて聴かせる、といった当たり前のことを当たり前だからこそ大事にしている人たちが多いような気がして、演者側としてはそんなlaboスタッフの心遣いと心意気に、いいパフォーマンスを魅せたい、という気持ちを引き出してくれる素敵なライブハウスだと思う。

そんな今回のlaboライブは、The Bluestoneのギタリストであるちかちゃんこと近沢博行氏がサポートに入ってくれての初めてのアコースティックライブだったのだけど、また共演者のスズキエリちゃん、SHIBAJACK、Vito、そこしれ公園、HEAVENのみんなが温かい人たちで、最初から最後までアットホームな雰囲気のとても楽しいライブだった。
ちかちゃんとは去年の三月にここlaboで行われたLeeLeeNightというイベントで知り合って、初めて彼のプレイを観た時から、いいギターを弾くヤツだなぁ、と思っていたのだが、今ではTEPPANのBOBちゃん、539'sのミックちゃんと、不定期ながらも一緒にやっているモミーズでもギターを弾いてくれていて、奇遇にも家が近いということもあって、プライベートでもよく夜な夜な呑んでいる仲だったりする。

ライブはね、個人的には毎回思うことが多々あって、満足するようなライブが出来ることなど殆ど無いのだけど、もともと一人の弾き語りでずっと活動してきたおいらのような人間にとっては、ライブの際に隣りに誰かがいてくれたり後ろにいてくれるというのは本当に心強いモノで、本番になってしまえばテンションは変わらずとも、ライブ前の気持ちの入り方が一人の時とはまったく違うんだよね。
彼は根っからのギタリストなので、本当にギターが好きなんだなぁ、と思う場面がそこかしこに溢れていて、ギターは好きだけどギターも上手くないし知識も乏しいおいらが話し相手では、きっと退屈だろうなぁ、と申し訳なくもなるのだが、いいプレイヤーとは何か、という大事な部分の考えが一致しているので、おいらは安心して自分の世界に没頭することが出来ている。

前に出過ぎて目立つギタリストはたくさんいれど、前に出過ぎないのにしっかり目立つ、といったサジ加減がまた絶妙で、基本的にはおいらの曲の世界観でステージを作っているはずなのだけど、その傍らでもう一つの世界観を作ってくれるんだよね。
それは彼がこだわり続けていることが昇華される瞬間でもあり、変幻自在で水のように人に合わせる技量を持ちつつも、しっかり個性は残す、という優れたギタリストの真髄を見せてくれる。
そうなると必然的においらはしっかり自分の歌を歌わなければならなくなるわけだが、何せ歌も演奏も中途半端な人間なので、これはもっとちゃんとやらなければ!という気持ちにさせてくれるのが、また彼と一緒に演奏する上での大いなる副産物だ。
だからもうちょっとちゃんとやれ、自分。

まぁそんなわけで、ちかちゃんとの初のアコースティックライブは、持ち時間が三十分のところを終わってみれば四十六分という、何でいつもそうなるのか、という安定の押し押しライブだったわけだが、撮っていたライブ動画を観てみると、四十六分中、曲中のコール&レスポンス(モミタイム)の時間が四分半、一回目のMCが六分半、二回目のMCが一分半(これは実に優秀だ!)三回目のMCが七分半と、全部で二十分近くMCに時間を割いているわけだからそりゃ押すのも当然で、よくよく考えてみたら本編はしっかり二十六分で収まっているわけで、なんだ、そうだったのかと、実は時間を守れていることにホッと一安心である。

それにしても改めて思う。ライブではしゃぎたい人、踊りたい人、面白いMCや歌を求めている人、歌よりも演奏を聴いている人、演奏中のプレイヤーの指の動きに萌える人、フロントマンの動きに魅せられる人、じっくりとその音や声に心を澄ましたい人、それはそれは多岐に渡って人それぞれ色々な楽しみ方があるのがつまりはライブハウスで、もし自分がそれらをすべて網羅して自分のモノに出来ていれば、おいらは今頃とっくにロックスターになっていたかも分からないが、音楽人や演劇人に触れ合うたびに思うのだ。
彼らがいかに不器用で照れ屋で精神的に未熟でも、なんて人間味に溢れた純粋な人間たちが多いことだろう、と。
だからステージという場所を借りて、自らに向けられた誤解やら偏見やら、秘めている思いや感情を表現したくなるのだろうな、と。
口が上手くて甲斐性もあって、処世術も錬金術も心得ている人間からすれば、こんなに時間を消費しながら儲からないバカバカしい世界は無い。
そんな人間ならきっとステージに立って何かをしたいなどと思わないだろうし、その人たちはその人たちで自分の正義の世界で生きている。いや、きっと我々よりも過酷な生存競争の中で日々理不尽なモノを相手に戦っているに違いない。
けれども仮にそんなヤツが傍にいて、弾けもしない高値のギターを抱えてステージに立っていたとしたら話は別だ。
そんなヤツは俺がステージから引きずり降ろしてやる。

だから色々な表現があって、好みももちろんあって、オレたちのほうがいい音楽をやっているはずなのにどうしてあいつらが、みたいなやっかみに似た気持ちを抱いてしまうことが時にあったとしても、それも実力、オーディエンスの人たちは気まぐれ、でもそれを選ぶ権利はあちら側なのだから、変にすり寄ったり合わせたりするようなことなく、これだけは大事にしていきたい、と思うモノだけはブレずに表現していこうって、そう思うよね。

お天道さんばかりを追うな、って話。
あっちが晴れてるからあっちへ行こう、と行ってみたら雨が降ってきて、元いた自分の場所のほうを振り返ってみたらそこが晴れていた、みたいなさ。
何事も、必要以上に何かに合わせようとすればするほど、自分らしさから遠ざかってゆくものだからね。
でもホント、ステージに立つ人って、衣装や歌や本という借り物を使って、あたかもそれがその人そのものように振る舞っているけど、ホントはとっても繊細な人たち多いことを覚えていて欲しいね。

いや、待てよ、、、ホントは気付かれてるのか。
もしそうだとしたらとんでもなく恥ずかしいことだ。
けれどもそうやってステージの裏側や言葉の裏側を読み取り感じながら観てくれている人たちこそ、決してミーハーなんかではない、優れた聴き手であることに違いないのだ。

そう思うとさ、ステージに立っている人たちって、何てどこまでいっても未熟で愚かな人間の集まりなんだろう、と何だかアホらしくなってきて、嬉しくなってきて、今日もそんな人たちに触れ合えることを愛おしく思うのだ。

だからそんな愛おしい人たちに乾杯。
そんな音楽に乾杯。
世の中の小器用な人たちに、ワンダフル。

小器用なひと

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