三月十四日と環七通り

  • 2013.03.17 Sunday
  • 17:10

photo by miyuki

先日三月十四日に代々木laboで行われた富浜のプレスリーことSACHIOちゃん企画『ホワイトデーは俺に任せろ!〜愛のお返し大作戦!〜』を観に来てくれた皆さま、たまたま観てくれた皆さま、共演者の皆さま、そしてlaboスタッフの皆さま、遅ればせながらどうもありがとうございました!
今回のイベントの主催者であるSACHIOちゃんのことは以前から噂やら話に聞いていてその存在は知っていて、半年前のThe Bluestone企画でご一緒した際には言葉も交わしてはいたのだけど、何せSACHIOちゃんがシャイなせいか、おいらが人見知りのせいか、なかなかその距離は縮まらずに今日に至っていたので、一月の終わりに今回のイベント出演の話を頂いた時は、思いもしないパスがいきなり背後から来たかのように、えー!オレでいいの!? と正直驚いたものだ。

けれども今回こうしてSACHIOちゃんと絡ませてもらうことで彼の柔らかい物腰に触れ、その優しい人柄を知ることが出来て嬉しかったし、SACHIOちゃんは自分のことを差し置いて、周りの人々やオーディエンスの人たちのことをよく観察して考えている人なんだな、ということをそっと見つけた。
それを彼のサービス精神と言ってしまえばそれで済んでしまう話かもしれないけれども、あれだけ派手なパフォーマンスが出来る人間でありながら、本質的な部分では自分が前に出る気持ちよりも、周りを立たせることで充実を得るような懐の深いハピネスな男だからこそ、みんなからサチオだワケローだ、挙句にはハゲろー、だと言われ愛されているのだろうな、と感じました。

SACHIOちゃんがこれを読んでくれているかどうかは分からないけれども、そんな愛すべき男SACHIOちゃんには、改めて声をかけてくれて本当にどうもありがとう、と言いたいな。

音楽を続けてきて良かったことなんて、今さら考えるまでもなくたくさんあるけれども、続けるだけなら誰にでも出来るし、大事なのはそれが誰のためになっているのか、ということを最近は常々考える。
ステージに立って演奏して歌うなんてそんな楽しいことはないし、ライブの後のビールは確かに美味いけれども、それが誰かのためになっているのか、と考えると、やっぱり心は立ち止まってしまう。

ここ最近のブログに綴っていたように、受け入れているつもりでも、親しかった友人の死は受け入れ難くやはり悲しい。
同じ人間の結婚式と葬式に出ることなど、大人であればそれは特別なことでも何でもなく、それこそこれから確実に増えてゆくことなのだろうけど、死なんて特別なことではないと考えられるほど僕は人間が出来ていないし、たぶんこれからだって、死は特別なことに変わりない。

でもね、そうはいっても元気なんです。
子どもと遊べば楽しいし、友だちといれば大いに笑うし、お腹が空けば牛丼だって大盛りで食べるし、WBCの野球では絶叫して野次だって飛ばす。
だって、こうして生きているから。
笑ったり泣いたり、ムカついたり喜んだり、そんな賑やかな日々を送れていることは、友人が死んだことでむしろ俺は生きてやるぞ、と逆に力が湧いたし、生きてるだけで丸儲けどころか、生きたいって、今まで以上にそう強く思っている。

先日のSACHIOちゃんイベントでは、最後に弾き語りで『環七通り』という曲を歌わせてもらったのだけど、その曲は亡くなった友人が、僕の他のどの曲よりも一番好きと昔から言ってくれていてね。
僕はスピリチュアルな能力など一切無い人間で、今までだって霊感じみた体験なんて一度だって無かったのに、亡くなった友人の眠る安置所へ逢いに行った際、感じたんです、あ、まだ傍にいる、って。だからいろいろな話をして、約束してきちゃったんだよね、次のライブで環七歌うから、って。

でも環七なんて一年くらい歌っていないので歌詞も忘れてるし、今は愛器のJ-45が長期入院中なのでギターにも触れられないし、それからの一週間は移動の最中iPodでずっと環七の音源を聴きながら歌詞を覚えて、自転車に乗りながら環七を口ずさんで、ということを繰り返していてね、
いっか、、、ここは正直に書いてしまって、せっかくのブログなのだし。

オレね、結局ライブの日まで一度も全部歌えなかったんです。自転車漕ぎながら泣いてるんですよ、その友人のことを思い出してしまって。
歌い出しから泣けてしまったり、サビ前のBメロで泣けてしまったり、サビで泣けてしまったり。とにかく歌えなかった。すれ違う学生に怪訝な顔で見られたり振り向かれたりしてさ、いい歳した大人がね、恥ずかしいよね。
それにライブ前日が葬儀の日だったし、コレ、本番ダメかもな、これは当日松田聖子になってしまうな、それは嫌だな、恥ずかしいな、って、120%自分を疑っていたけれども、本番は不思議と大丈夫だった。
確かに主観と客観はギリギリのところでめまぐるしく入り乱れてはいたけれども、曲の世界に入り込むことと自分に酔うことは違うんだな、って、心を込めることと浸ることは違うんだな、って、改めて思った夜だった。

オレはね、友だちが死んで、みたいなことをMCで言ってから歌うようなヤツはクソだと思ってたんですよ、いや、それは今でもそうなのかな。でも、クソでもいいやって、伝えたい、ってあの時は思った。せっかくステージに立たせてもらえる環境があって、歌があるのなら、今伝えなくていつ伝えるんだ、って。楽しいことばかりが音楽じゃないだろう、って。
亡くなった友人のことはギターの近沢くんにだけは話していて、随分と泣き言めいたメールをたくさん送ってしまったことを申し訳なく思っている。けれどもあの日の僕は、環七通りを歌うためにライブをしていたと言っても大げさではなくて、モミーズのみんながステージからいなくなった途端に、あ、歌わなきゃいけないのかと、逃げ出したくなるような気持ちになってものすごく緊張した。

だから結局のところ中途半端だったのかな、って、MCも含めて自らの言葉や歌力の足りなさを少し悔いている。
けれども、それでも、その友人に僕の想いは届いたと信じているし、そのような機会を与えてくれたあのイベントとSACHIOちゃん、それを聴いてくれたあの日のオーディエンスの皆さんには本当に感謝しています、改めて本当に、本当にどうもありがとう。

でもね、本当にね、自分がこれから音楽を続けてゆくことで、どうしたら人のためになれるんだろう、って、それはやっぱり考える。
それは人を感動させたいとか、そんな高尚な話でも薄っぺらい話でもないんです。
メンバーも含めて、お客さんも含めて、友人や家族も含めて、自分が音楽を楽しむことで結果的に一人でも多くの人を巻き込みたい、って、そういう強い意識を持って活動しなければ何の意味も無いんじゃないか、という気がしてるんです。だから、表現する対象はいつまでも外側でも、それを発信する自分は今まで以上にもっと内側に向かっていかなきゃいけないんじゃないかな、って。
それは決して塞ぎ込むとかそういう意味ではなくってね。

だからそういう意味では、あの日は少なくともその友人のためになれたのかなって、そう思うけど、生きている間にもう一度聴かせてやりたかったよね、それは死んでしまったあいつが悪いんだけどね。


SACHIO & ザ・ナイフス


打ち上げ後の明け方、向かいのホームでSACHIOちゃんを発見して激写。

それからThe Bluestoneのギタリストであり、モミーズのギタリストでもある近沢博行くんのブログはいつもいいことを書いていて、彼の人柄がよく出ているというか、僕は彼のブログをブックマークしているほどのファンなのだけど、この日のことも熱く綴ってあるので、勝手にリンクを貼ってしまいますぞ。
近沢博行のキョシューを放て!!
『ホワイトデーと1年後のbayFM』


それから、わたくし鈴木ナオトのライブ情報だけれども、意外と気付いていない人が多いみたいなので敢えて!
このブログ、ワンタイの下に【鈴木ナオト2013年ライブスケジュール】と書いてあるところをクリックしてもらえば、今決まっているライブ情報が出てくるので、良ければチェックしてみてくださいね。

あぁそれにしても、こんな私事だらけな長い文を最後まで読んでくれてありがとう!

SACHIO、ワケロー、ワンダフル!

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