赤いパンツと言葉の火種

  • 2015.04.15 Wednesday
  • 19:50


赤いパンツを穿いている。一般的な男子がいったいどれくらいパンツを所有しているのかは知らないが、僕はざっと考える限り十五枚程度持っていて、メーカーは殆どがBodyWild。
その中で赤のパンツは三枚。お気に入りの下着があるのはきっと女性に限られた話ではなく、男にだってきっとある。
ということでこれらの赤いパンツ三枚はとても気に入っている、いわば勝負パンツだ。
しかし久々のブログなのにいきなり赤いパンツを穿いている、とは何事か。
単刀直入に言おう、僕は大事な日やライブの日は決まって赤いパンツを穿いてきた、という話である。

これはいわば自分なりの験担ぎみたいモノで、かつての常勝ヤクルトスワローズを率いていた名将野村監督が、チームが勝ち続けている間はパンツを穿き替えない、という験担ぎをずっと遂行していたように、もはやこの僕の赤いパンツはルーティンワークのようになっているので、ライブを始めとした大事な日についうっかり赤以外のパンツを穿いてきてしまった、ということは一度だって、無い。

なぜ赤いパンツなのか、理由は二つ。
昔、アジア放浪をしていたバックパッカー時代にインドのカルカッタを訪れた際、まだ在命中であったマザーテレサのミサへ参加した時に、あなたは赤がとてもよく似合うから、なるべく赤いものを一つでも多く身に付けなさい、との有難い言葉を頂いて今もその進言を守り通していること、というのはウソで、赤いモノを身に付けると体にパワーが宿ると聞いて、ならばと試しに赤いパンツを穿いてライブをしてみたところ、納得のゆくパフォーマンスが出来たことに加えて、お客さんからの評判が格段に良かったことに気を良くして以降、験担ぎは験担ぎでしかなく、それが本質的に頼りになるモノなんかではないことを知りながらも赤いパンツを穿き続けている、まぁそんな程度である。
自分自身、そんなに信仰深い人間ではないし、ずっと実行している験担ぎのようなモノは何かと考えてみたが、どうやらこの赤いパンツくらいしか思いつかない。
ちなみにマザーテレサのミサに参加したくだりまでは本当のことである。

ブログではよほどこれといった特筆するモノが無い限り、ライブレポート的なことは書かないようにしているのだけど、相も変わらずそんな赤いパンツたちを穿いて最近出演させて頂いたライブは、どれもこれも内容がしっかりとした上に愛のあるイベントばかりで、少し前のことになるけれども池袋SUNNY SPOTで行われたもりきこJUNNYちゃん企画にしても、先日の西川口Heartsでの斉藤省悟のレコ発にしても吉祥寺Shuffleでのうみんちゅpresentsにしても、会場のステージ側とオーディエンス側に隔たりが無い、とても素晴らしい雰囲気の中でのライブイベントだった。

ライブはまず自分たちが楽しむこと。それはもちろんそう思っているし分かるのだけど、演者側とオーディエンスの温度感に大きな開きが見て取れるような、自分たちが楽しければそれでいいじゃん、みたいなライブに成り下がっているステージやイベントに遭遇することもまた事実で、そういうライブを観てしまった時の感覚は、観ようと思っていたテレビ番組がつまらない四時間特番SPで潰されてガッカリ、程度のモノとはいえ、失望といえば失望とも言えるし、憤慨と言えば憤慨とも言えるし、もっとマジメにやれ!と思いつつ、観たモノすべてが跳ね返ってきて、自分もそんなライブをしてしまっているのではないか、と自問自答を繰り返す機会を与えられる夜だったりする。

特に最近は、つんく♂の声帯切除のニュースを知って、つんく♂がそれを決断するまでの気持ちや公表に至るまでの気持ち、そしてこれから過ごしてゆく声の無い人生を想像すると、歌うたいの思い云々は当然のこととして、つんく♂の強さを讃えるよりも遥かに、その絶望的状況に打ち勝てる自信などまるで無いことに打ちひしがれた。
同じ病気で清志郎が選んだ道とつんく♂が選んだ道はまるで真逆で、生と死で対になっているように思われがちだけれど、だからこそ本気で生きようとした強い気持ちは対どころか同じだろうし、浅はかな気持ちで、もし俺だったらこっちだな、なんて、そんなことは安直に口には出来ない。

そんなことを考えていたら、ふと、もう久しく逢っていないある人の言葉が頭に浮かんだ。
そのある人とは、仙台に住む僕の伯母の息子、つまり僕の従兄で、僕より二つ年上の姉と同じ、僕の隠れた兄貴のような人のことだ。

今から二十年ほど前、その従兄の兄さんが仕事でしばらくセブ島へ行くことになり、ちょうど今東京へ出てきているので、セブ島へ行く前にお前に逢っておきたいと、当時西千葉で一人暮らしをしていた僕のところへ突然連絡があったのだが、いくら東京へ出てきているとはいえ、兄さんがいる場所が東京の何処なのかも分からなかったし、東京駅から総武快速で四十二分、電車賃にして当時六百二十円もかかる西千葉は、とてもフラリと寄れるような場所にある町ではないはずだった。
それでも言葉どおりに兄さんは西千葉まで遥々とやってくると、僕の部屋に着くなり、
「近くに旨い鮨屋はないか?」
と僕に訪ねた。

当時の僕はといえば、寿司といえば廻る寿司かロボット寿司しか食べたことがなかったし、そもそも当時の僕は貧乏を極めていて、ガス、電気はもちろんのこと、水道まで止められて近くの公園まで水を汲みに行っていたような有様で、それでも飼っていたネコにだけには愛をもって食べさせていたおかげで、僕はネコ缶の残りに醤油をかけて食べる、まさに本当の猫まんまを食することも珍しくなかった。

「鮨屋ですか?それは廻る寿司のこと?」
「バカ野郎、廻ってる所じゃちっとも落ち着いて話せないだろう。少しばかり遠くても構わないから鮨屋を探しに行こう 」

そう言って兄さんから背中をポンと叩かれた時、そういえば家のすぐ近くに鮨屋らしき店があったことを思い出しその旨を兄さんに伝えると、
「よし、そこ行こう」
と白い歯を見せながら嬉しそうに兄さんは笑った。
僕は、旨いのか不味いのかすらも判らないその鮨屋へと兄さんを案内することに大変な不安を抱きながら、案内する側でありながらも兄さんの少し後を歩いたものだ。

僕は生まれて初めて行った廻らない鮨屋で、まずカウンター席ではどのような順番で注文し、どのような振る舞いをすればスマートなのかを兄さんから学んだ。
しかし残念なことに、あれから二十年も経った今になっても、その紳士的でスマートな振る舞いを試せる機会は一度も訪れていない。
なぜなら今の回転寿司屋さんが昔に比べて遥かに旨過ぎる、ということもあるけれど、何より廻らない寿司屋へ誰かを連れていけるほど僕の懐はいっこうに潤わない、ということが理由として挙げられる。
ただ、その時に食べた寿司がいかに美味しかったかを僕は今でも思い出すことが出来るし、確か二人で三万円弱ほどだった手書きの勘定を見た兄さんが、
「何だよココ、安いな」
とニヤリとしながら軽快な手ぶりで財布から大枚を三枚取り出し、ポーンと気前良く払った姿を今もよく覚えている。

兄さんはその鮨屋で、酒を呑みながら久し振りに逢った僕に熱く語った。
「お前の夢は何だ?夢があるなら俺に話して聞かせろ」
夢ー。
どんな貧乏暮らしをしていようと、僕には僕でそれなりの夢があった。
けれどもそれはただの夢で、そこに向かって具体的に何か真剣に取り組んでいたワケではなかったし、夢であったニューヨークでの暮らしを終えて帰国したものの、たかだか二十歳そこらの若造が手にしたものなど薄っぺらい経験ばかりで、おまけに安っぽいアメリカンナイズと安っぽい偏屈な頭まで連れてきてしまった僕は、目標を失っているにも関わらず、周りの人々を斜めに見ては、ただ漠然とした気持ちのまま日雇いのアルバイトを続けてすでに二年が経っていた。
そんな僕にとって、目の前にある大きな仕事に対峙し、ギラギラとした目をこちらに向けて僕の次の言葉を待っている兄さんの前では、そんな自分がただただ情けなく恥ずかしいだけでしかなかった。

その時僕は思ったものだ。
本気じゃないから言葉が途切れるのだ、と。

「直人、ジェットコースターに乗るようなマネだけはするなよ」
「ジェットコースター…!?」
「そうだ、ジェットコースターだ。ジェットコースターってのはな、ハラハラドキドキとした刺激的な乗り物だが、下にはしっかりレールが付いてるんだ。そんなものに乗って、自分が刺激的な日々を歩んでいると勘違いしてはいけない。それが一番恐いんだ。俺はな直人、本気で頑張るってのは、俺はもう明日死ぬんじゃないか、と思うくらいヘトヘトになるまで頭と体を動かすことだと考えてる」

僕とたかだか二歳しか歳が違わない兄さんのその言葉は、頑張っても頑張ってもこの情けない暮らしから抜け出すことの出来ない自分に、良くも悪くも棒で強かに胸を突かれたような思いをもたらし、男の僕から見ても格好良いと思える、そうした兄さんの思考を創り出す火種に触れたような気がした。
確かに兄さんは、本当に明日死んでしまうのではないか、と周りが心配するほど趣味に仕事にと打ち込んでいたし、何よりも、その目やら口元から滲み出る精悍な顔つきが、それが決してハッタリなんかではないことを証明していた。

思えば、当時若かったばかりに人の親切や思いやりに気付けなかったことがたくさんあり、時を経た今でも、あぁ、あの人は何て自分に親切にしてくれていたのだろう、何ていいことを言ってくれていたのだろう、教えてくれていたのだろう、という思いや悔いの欠片が、いったいまだどこに隠れていたのか、今もなお、刹那の欠片と共に見つかることがある。
当時の自分はそれに気付けなかったというより、むしろ気付こうとしなかった。
そこにあるのに気付けない、というのは大変に残念なことだし、気付かせてくれた相手に対して、のちに感謝の気持ちを述べたくとも、今はもう自分の傍にいない、ということは、それ以上に残念で悔しい思いをいつまでも胸にこびりつかせる。
もういい歳した僕には、きちんと説明出来る個性がきっとあるだろう。
なぜならどんな人間でも個性の無い人間などいないと思っているからだ。
ただそれは始めから内部に100%あったものではなく、外部からもたらされた情報や記憶に経験を加味して出来上がったものであり、そもそも元はと言えば個人のモノではない。

魅力的で格好良い女性が、深夜の洒落たバーでラッキーストライクを吸っているのを見て、あぁ、やはり格好いい女性は吸う煙草も違うのだな、と周りが思ったとしても、実際には、その女性が以前惚れに惚れ込んで付き合っていた男が吸っていた煙草がラッキーストライクだったから、という理由だけのように、人の個性とは、外部からもたらされたそれぞれの「個」をどれだけ時間をかけて吸収して「私」に変えてゆくかという作業で、その結果として自分に対するそれぞれの他人の記憶が自分の個性なのであって、すぐに忘れてしまうような記憶をなぞる振る舞いや言動などはただの飾り。
そんなことはこのワンタイで幾度なく書いてきた。

では僕が兄さんからのそんな言葉を聞いて、それから一度でも俺は明日死ぬんじゃないか、と思うほど今日まで何かに取り組んだことがあるか、と言えば、残念ながらそんなことは一度だってない。
かといって、頑張ったことが無いのかと言われればそれも違う。
自分は頑張ったと思える到達点の基準が人より低いのか、実際に頑張り過ぎて死にでもしなければ分からないことなのかもしれないし、僕の場合、そもそも本当の意味でのチャレンジをしないままここまで来てしまったようにも思う。
あぁ、ここまで来たのか、という感慨を胸に抱くことがあるとすれば、それは決して「歩」ではなく「時」でしかないことで、もっと突き詰めて言えば、これから先、僕自身気が付いたらここにいた、というより、気が付いたら死んでいた、ということにもなり得る生き方への危機感。
チームが勝ち続けている以上パンツを穿き替えない、という験担ぎを続けていた野村監督も、弱小時代のタイガース再建という大任を担った阪神監督時代に至っては、三年連続最下位という不名誉な記録をもって、大任どころか退任に追いやられた。
きっと、様々な色のパンツを何度も穿き替えたことだろう。
赤いパンツは勝負パンツだと思い込んでいた僕も、赤いパンツには何の意味も無かったことにも気付いた。

だが今になって、どうしてそんな二十年も前の言葉たちを思い出したりしたのだろう。
きっとそれだけ賞味期限の長い、力のあった言葉だったのだろうし、何よりもその言葉を発した兄さん自身が、その言葉を越えるほどの逞しい生き様を傍で見せてくれたからに違いないのだと思う。
説得力のある大人になること。
それは僕が昔から決めていた目標だった。
でも実際はどうだ。それは他人が決めることだけれど、そうした火種を僕も手にしているのかどうかと考えると、どうもその自信が揺らいでくる。

まさか兄さんが、いつか僕がそれらの言葉を思い出すことを予測した上で、あれだけ熱っぽい口調で僕に何度も何度も語りかけてくれたとは思えないし、あれから二十年以上経った今になっても、僕が兄さんの熱っぽい言葉たちを覚えているとは思いもしないだろうが、僕は確かにあの熱を受け止めて、あの言葉の火種を今もしっかりと抱いている。

ジェットコースターに乗ることは今でも好きだ。
けれどもその刺激と興奮に乗り続けることはとっくにヤメた。
むしろジェットコースターを降りたおかげで色々な景色をのんびり楽しめるようになり、色々な人たちのおかげで、キラキラとしたステージにもずっと立たせてもらった。
それはまるで、豪華な装飾が施されたメリーゴーランドの中にいるようで、手を振って、手を振られ、どれに乗っても眩い場所に変わりはなかったけれど、回転木馬の如く、気付けばそれもまた、同じ所をグルグルと回っているだけだった。

今、兄さんはどこで何をしているだろうか。
とても逢いたい気持ちでいっぱいだ。
仮に僕が兄さんのいた場所へやっとたどり着ける瞬間が訪れたとしても、
兄さんはもうそこにはいなくて、さらにもっと遠くへ、もっと高い場所へと行っていて、
「おーい直人!やっと着いたか!遅いぞ!いつまでもそんなところで休んでるなよ、こっちへ来てみろ、お前の知らない面白いもんがもっとたくさんあるぞ!」
とでも言って、あの自信に満ちた得意げな顔でニヤリと笑うに違いない。

赤いパンツを穿くのはもうヤメだ。
もしまだ穿き続けるつもりなら、持っているパンツをすべて赤にしてしまえ!
それが何色のパンツだろうとどんな人生だろうと、俺は人の役に立ちたいのだ。

そんなことを考えながら街を歩いていたら、名残り桜が風に舞って、ヒラヒラと僕の肩に落ちていた。


2015.4.1 Acoustic trio Live in 柏DOMe

鱗粉

  • 2015.02.23 Monday
  • 23:45


柔軟剤を入れて洗濯した衣類のようにふわっとした、
まるで春のチョウチョのような女のコに逢った。
その日はとても寒い一日で、傘をさしていても黒いコートを白く染め上げてしまうほどの雪が降っていた夜だったが、
隣りの春から一足早くやってきたチョウチョのように、僕の肩の傍をヒラヒラと舞っていた。

そんな春のチョウチョのような女のコが振り向くたびに、
その長い髪がサラサラと揺れる。
そのサラサラは僕の心をくすぐって僕の心をはしゃがせたが、
自分のそんな気持ちを悟られたくなくて、
はしゃぎすぎて上がった体温を冷ますかのように、
街の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

上品というのは、繊細なことを指すのだと思う。
繊細は繊細を選び、繊細は繊細なモノを超えて、
繊細なだけに細かい所にまでスッと入り込む。
だからあのサラサラはつまり上品だと、僕は思う。
そして、まるで春のチョウチョのような女のコは、
僕の心の中に暖かい春を連れてくる。

春のチョウチョのような女のコが笑う。
僕はそれを見て、楽しいと思う。
春のチョウチョのような女のコがまた笑う。
僕はそれを見て、この感情は何だろう、と思う。
春のチョウチョのような女のコが今度は大きく笑う。
僕はそれを見て、きっと好きだと思う。

僕の肩の傍をまたヒラヒラとチョウチョが飛んで、
僕はそのチョウチョが隣りの春へと帰ってしまわないように
そっと捕まえてみようとしたが、羽に触れた途端、
チョウチョの体が驚いたようにプルッと震えて、
僕はすぐに指を離した。

チョウチョは宙を回るようにしてパッと飛び立つと、
空中に螺旋を描き残すようにして鱗粉を舞い上がらせた。
舞い上がった鱗粉は僕の黒いコートの上にパラパラと落ち、
チョウチョはヒラヒラと飛びながら白い空の中へと消えていった。

繊細な感触と鱗粉だけが僕の指先とコートの上に残り、僕はそれをじっと見つめる。
それはどこまでも繊細で、どこまでも形の無い、
繊細なチョウチョの足跡のように見えた。

春になったら逢えるだろうか。
春を待たずに逢えるだろうか。
それはつまり、心の季節の問題で。

それはつまり、好きだからこそ問題で。

野生の本能

  • 2015.02.01 Sunday
  • 11:10


深夜、よく立ち寄っているコンビニへ入ろうとすると、すぐ傍らから
「ニャァーっ!ニャァーっ!」
という鳴き声が聞こえてきたので辺りを探してみると、黒ネコがモノ欲しそうに鳴いていた。
近寄れば離れ、離れれば見つめられ、
けれどしゃがんで人差し指を向けてみると、
少しずつ近づいてきてクンクンと指の匂いを嗅ぎ、
その小さくザラついた舌で指先をペロッと舐めてきた。
そうかそうか、これはつまり、
「おいダンナ、なんか食いもんくれ」
ということなのだな、と思い、まぐろのネコ缶を買ってくれてやる。

しかし人間を警戒するのは彼らが身を守るための習性だから仕方がないとしても、
「おい、こっち見んなよ」(シャーッ!シャーッ!)
と必要以上にダンナを威嚇するのはいかがなものか。
誰がオマエにお給仕してやったと思ってるんだい?
ええいこのー!

ところで先日、とある友人から、
「ナオトさんも健康診断を受けたほうがいいですよ!」
と提言され、ふぅむ、健康診断ねぇ…と腕を組んで考える。
彼だけに留まらず、周りの人も口々に、
四十もとっくに過ぎたのだから一度人間ドッグくらい受けて診てもらいなさいとか、
市でやっている健康診断へ行ってきなさい、と僕をそそのかすのだが、
そもそも当の本人にその気がない。
こうして煙草を吸いビールを呑み、食べ物が美味しい、
という時点で、オレは充分に健康だ!という安直な結論に達しているのでその必要性を感じていないのだ。

会社の健康診断を受けたというその彼は、
いつも体が怠いだの、疲れただの、眠いだの、調子が悪いだのとブツブツ呟いては、
本当に気の毒なくらい疲れた表情を常に惜しみなく見せているような男なので、
「で、どこか悪いところはあった?」
と尋ねてみる。
すると彼は、
「それがどこも悪くない、健康そのものだ、って言われたんですよ」
と、どこか不服そうな面持ちで言った。

「あーっ!さてはおぬし、その診断結果に納得がいってないな!」
と僕は言った。
「納得いかないですよ、こんなに体が怠いのに。今だってすごく調子が悪いんですよ」
「バカを言うんじゃない!数値は嘘をつかない!それは病は気からの典型だぞ、安心しろ」

確かに、自分の具合が悪いな、熱っぽいな、などと感じた際に体温を測って、
体温計に『36.1℃』とか表示されると、おかしいなぁ、と
少し拍子抜けしたような気持ちになることはなくもないが、
その逆もまた然り、下手に体温を測って『38.7℃』とか表示されると、
うわわ!やっぱり熱がある!と心がうろたえてガックリくるので、
僕はなるべく体温計は使わず、
煙草やビールの味で自分の体調を測るように心掛けている節が存分にある。
でもたぶん、このような人は他にもたくさんいるだろう。

以前僕の知人にも、
「自分は鬱に掛かってると思うんですよ、間違いなく」
と勝手に思い込んでは、自らの行動力の無さや思考力の浅さ、
そして何より何事に対しても無気力なこの状態は、
鬱がすべての原因なんです、と自らの体たらくを擁護している人がいたが
(これがまたそういう人が多くいる)
病院へ行って診てもらい、どこも悪くありませんよ、と診断されると、
そんなはずはない!私は絶対に鬱なんだ!こんな病院は信用出来ない!
とメチャクチャなことを言い出して、その後幾つもの病院を転々と訪れる。
そして、あぁ、総合失調症ですね、お薬出しましょう、と診断を下されてやっと、
あぁ、やっぱり私は(僕は)鬱だったん だ、と彼らの心に安穏が訪れるのだ。
傍から見ている僕からすると、そんな気持ちで幾つもの病院を転々としているから
健康な心も萎えてきてしまうのではないか、と思うのだが、人の心は宇宙である。
星がキラキラと煌めく空間にもなれば、どこまでも闇が広がる世界にもなる。

「出ている数値を信用出来ない、っていうのは心の問題だ、心療内科へ行ってこい」
いつまでも診断結果表をヒラヒラと手に持ちながら、
不服そうソレをじっと睨み続けている彼に僕は言った。
「そんなもんを穴が空くほどいつまでも見ているからいけない。そういうヤツが胃に穴が空くんだ、よこせ、そんなもん捨ててやる!」
僕は彼が手にしている診断表をつまみあげようとすると、
彼は、や、やめてくださいよーっと言って体をねじらせ抵抗した。

この男が本当に心を病んでしまっているとしたらどうだろうか、と一瞬考える。
けれども幸いなことに僕にそれは分からないし、きっと彼にだって分からない。
世の中には本当に心を病んで闘っている人もいるし、
本当に体や心を壊して闘っている人や、
そのような人を身内に持って必死に支えている人も知っている。
ただ、知っている、というのは病状のことを指しているというよりも、
そこへ立ち向かってゆくその人々の姿勢について、と言った方が相応しいかもしれない。
それに比べて目の前にいるこの男の病に対するその気の持ちようというか、その脆弱で軟弱な姿勢は何だ。
そもそもお前は健康ではないか、と僕は再び彼に言った。

「よし分かった、それは捨てない。その代わり笑え!」
「わ、笑うんですか!!」
「そうだ!笑え!」
「こ、こうですか」
「違う!もっと口角を上に引き上げるように笑ってみろ!」
「こ、こうですか」
「うーん…何か違うんだけどまぁいーか。よし、その顔で女の子をデートにでも誘え、そしてあわよくばそのまま愛人にしてしまえ、元気になる」
「何をメチャクチャなこと言ってるんですか!そ、そんな時間も余裕もありませんよ」
「だからその脆弱な姿勢がいけないんだ!」
僕は再び彼が手にする診断表をつまみあげて今度こそ本当に捨てようとしたが、
彼は先ほどよりももっと大きく体をよじらせて、
だからやめてください、と言って必死に抵抗した。
そして我々は声を上げて大いに笑った。

それに比べたら我々人間と違って動物はなんて偉い。
食に貧しようと体に怪我を負おうと、手当ても受けずに自らの力で克服しようとする。
そう思うと、思わずネコ缶を買って与えてしまった自分の甘さに比べて、
「シャーッ!」と大きく口を開けてこちらを威嚇している目の前のネコは何てたくましいものか、と考えた。
残念ながら我々人間はもう野生には戻れないのかもしれないが、
きっと心の一部にはまだ野生の本能が眠っているはずで、
ただそれを発揮する場所が残されていないだけの話かもしれないのだ。

僕もいつか人間ドッグや健康診断を受ける日が来るのかもしれないが、
もうしばらく、もうしばらくは自分の体の状態を自分の感じ方で信じてみたい。
自分の中に眠る野生の本能を、ずっと眠らせたままにしておくのはあまりに惜しく、
ひどくもったいないのではないか、という気がしてならないからだ。

ちなみに彼は、妻子持ちである、ワンダフル。

ぼくが泣く

  • 2015.01.18 Sunday
  • 19:45


忘れられないことなんて
きっと誰もかれもが同じで
ぼくはひとりぼっちだなって
思うことも同じで

上手くいかないことなんて
きっと誰もかれもが同じで
誰かと自分を比べたり
してしまうことも同じで

目に見えているものだけが
すべてじゃないから
悲しい詩人になる前に
早く寝てしまおう

情熱を越えた向こうに
どんなものが待っているのかが
霞の奥に見えてきたから
少し怖くなったんだ

目に見えているものだけを
すべてと思えば
あっけなく壊れてしまうものばかり

あぁどうして迷ったりしてしまうのだろう
目の前の壊れそうなものたちに向けて
純粋を失くしたことに気付いて
カッコ悪く ぼくが泣く

情熱を越えた向こうは
草も花も何も無い場所で
ひとりじゃいれないと知ったから
君のことを考えた

目に見えているものだけが
すべてじゃないけど
悲しい嘘つきになる前に
君に逢いにゆこう
君に話してしまおう

すべて話してしまおう




【プチ解説】
二十代後半の頃、音楽を辞めてしまった先輩に音楽を辞めた理由を問うたところ「情熱が失くなった」と答えたのを聞いて、情熱とはイコール青春なんだな、と思ったことを今でもよく覚えている。
確かに情熱だけですべては越えられない。
青春はいつか終わる。いい歳こいて純粋な人間なんてむしろ気味が悪いだろう。
けれども情熱を失くすことは、老いに似た一つの恐怖でもある。
ただ、情熱を否定するある種の大人たちの「常識」で、いったいどれくらいのモノを越えられているんだろうと考えると、むしろ常識という靴では越えられないモノのほうが多いはずだ。
それについては他の曲で歌っているので、それはそのうちここにアップするとしても、
人に話すことで楽になる人もいれば苦しくなる人もいて、人に話さないことでストレスが溜まる人もいれば、人に話さないことで自らを守れる人もいる。

でもやっぱりそこに哀しさは含有される。
だからこそ、目に見えているものを信じたい。
そんな「君」が傍にいてくれることに感謝するのは、きっと自らをさらけ出した時なのだから。

女心も男心も

  • 2015.01.06 Tuesday
  • 22:51


皆さま、遅ればせながらとっくに新年明けてしまいましたね、おめでとうございます!
毎年毎年、個人的な感覚としては年の瀬気分や大晦日気分が薄れてゆく一方なのだけど、やっぱり大晦日の夜に除夜の鐘が遠くから聴こえてくると静かな気持ちになるし、年が明けてテレビで箱根駅伝を観ているとやっと正月気分がやってきて、昼からビールを呑み、グダグダっと横になり、知らないうちに寝てしまい、知らないうちにゴールしている、という毎年恒例の様相を晒していた。
でも僕がまだ小さかった頃の日本のお正月というのは本当に静かでのんびりとしていたもので、今みたいに24時間営業しているコンビニエンスストアなんて一つも無ければ、スーパーも町の商店街も工場もどこもかしこもお休みで、正月に賑わっているものといえば、葛飾の狭い空に所狭しとそよぐゲイラカイトと焚火の煙の向こう側で酒宴に興じる男たちくらいのもので、シンとした静かな町に羽根を突く羽子板の音があちこちでよく聞こえたものだ。

しかし昨今の日本の正月は元旦から早々賑やかだ。
昔N.Y.の八番街48stに住んでいた頃、アパートから歩いて五分もかからない場所にあった人で溢れかえるタイムズスクエアのカウントダウンで、ハッピーニューイヤー!と知らない外人からシャンパンをかけられ、それに応戦するように持っていたビールを顔にぶちまけ、ワケの分からない奇声を発しながらそいつと抱き合っていたその時間は確かに賑やかで楽しいものではあったけれど、あれから二十年の月日が流れて大人になった僕にとって、今はただただ心身穏やかに新年を迎えるほうが俄然性に合っている。

そんなことを言いつつも、去年の大晦日にはちゃっかりカウントダウンライブに出演した。
でも出番は二番手の十六時半。若手か!とつい突っ込みたくなるような時間帯だが、これは先述したように、心身共に元旦を穏やかに過ごしたい、と僕が要望したのをライブハウスが応えてくれた形であり、一年間お世話になったライブハウスに対しての挨拶のようなものなので、それはよしとする。
その日はナオトバンドの初期ギタリストであり、かれこれ今年で十九年の付き合いになる盟友カトヒロと久々に会い、久々に一緒にステージに立ち、帰りに歌舞伎町の居酒屋で一杯やった。
カトヒロは今やプロギタリストとして忙しい日々を送っている身なので、一緒にステージに立つことはなかなか難しいことなのだが、こうして一年の終わりの日に隣りでギターを弾いてくれたことが本当に嬉しかったし、久々に一緒に呑んだビールはやっぱり美味だった。しまいには店を出た後でカトヒロが今夜は奢ると言い出して散財させてしまったが、こういう時のカトヒロの気持ちもとてもよく分かるので、次は俺の番で、ということですっかりごちそうになってしまったな、ありがとう。


photo by hiromi

何年会わなくなったら親友と呼べなくなるのか。
昔、そんなことをよく考えた。
何ヶ月、何十ヶ月、何年ぶりかに会っても心の印象がまるで変わらないヤツもいるけど、人の心がずっと横ばいなまま、同じ場所で同じ状態で保たれていることなどまずあり得ない。
なぜなら、人は人の知らないところでこっそりと経験し、こっそりと成長しているからだ。
だからカトヒロに限らず、しばらく会えていない人たちなんて数えきれないほどいるけれど、仕事での失敗や成功や、家族や将来の展望や、事故や事件や、恋患いや失恋や、挫折や成就や、しばらく顔を合わせていない間にもそれぞれがそれぞれの変化の中で、些細なことから何から何まで色々なことが起きている。
そのおかげで心が成長していることもあれば、心がすっかり退廃し切っている時だってあるだろう。

大事なのは気付けることだよね。
だって気が付かなくなることは、やがて無関心で空っぽな関係を生むだけじゃない。
気付いてもらう為に特別な何かをするのではなく、自然なやりとりの中で気付いてくれた人を大事にする。
そして気付いてもらえたことに気付けること。
そして気付いたことに気付ける人。
その関係こそが心友、つまりソウルメイツ、ってヤツだよね。

「ナオトさん、女心って説明出来ますか?」
「女心!? えー!それを本当に説明出来る男って世の中にいるのかな、アインシュタインでも分からないんじゃないかい?」

昔、仲の良かった女のコと呑んでいる際、唐突にそう尋ねられてしばらく唸った後で僕はそう答えた。
彼女は僕の言葉を聞いて頷くと、思考を巡らすよう宙を見やったあとにこう言った。

「察する心を願う心…」
「…ん?察する心を、何?」
「あ、ちょっと違うかも、んー、えーっと、察っして欲しいと念じる心、かな!私が女として思う女心は!」
「察して欲しいと念じる心…あー、なるほどなぁ…でも大人になると気付いていても気付かないフリが上手くなってね、で、それがいつの間にかフリではなくてフツーになってしまうのよ」
「えー、それつまらなくないですかー」
「つまんないね、それに正直に泣いていた頃よりずっと胸も痛い、このみぞおちの辺りがね。でもたぶん、それは俺の器というか、俺の心が偏狭なだけなんだろうなぁ」
僕は彼女にそう言うと、でもそれちょっと分かります、と彼女は言って、クスっと笑った。

「でも面白いのはさ、そういうことを繰り返していると、他人が気付いてないフリをしていること自体に気付くようになったり、周りから気が利かないヤツだと思われているような人でも、よく観察してみるとそれは気が利かないんじゃなくて、気を利かして気が利かないフリをしているだけなのに、と気付いたりしてね。それは誤解を生むやり方だけど、相当高度なテクニックだよね」
と僕は言って、あははは!と我々は笑った。

でも彼女の言っていたことが本当なら、男心も女心を内包していることになる。
だって男女問わず誰だって、自分の本当の気持ちを察して欲しいと願う心は持っているし、日々に於いての悩みはそれが例え1%であったとしても重要な部分はそこに集約されていると思うからだ。
ファンタグレープを飲んでみろ、あれはれっきとしたグレープ味だが無果汁だ。
ファンタグレープの美味さに於いて重要なのは果汁何%にあるのではなく、他の何かに潜んでいるからに違いないのだ。

何年何十年と経っても心から消えない言葉がある。
それはただただ自分にとって都合のいい賛辞の言葉だけではなくて傷付いた言葉もあるかもしれない。
けれど残っている、ということはそこに言葉の火種が残っているからであって、それが成長の糧になるのか恨みの毒になるのかは分かる術も無いけれど、気付いているから再び火が灯るのであって、気付いていなければ始まらないことばかりなんだよね。

最近言われた言葉でずっと胸に残っていることをひとつ。

本来そこにいる人ではないー。

言った本人は何気なく言った言葉かもしれないけれど、この言葉だけで今年の上半期は乗り越えられる。
いや、ずっとかもしれないよ。
だから大晦日も正月も、心に大きな励みと栄養を与えてもらえたことを感謝しています、ありがとう。

2015年の今年、出逢いも大事にしたいけど、大切にしたいものはハッキリと見えています。
頑張ります、こんな俺だけど今年もどうぞよろしくお願いします、という気持ちを込めて。

2015年という新しい一年に、ワンダフル!

巨乳と漢字を考える

  • 2014.12.24 Wednesday
  • 23:22


巨乳。きっと男なら大多数の人間が魅力を感じずにはいられない響きだと思う。
少し前ならケータイで巨乳と打っても漢字変換ですぐに巨乳とは出てこなかったのに、自分のiPhoneで打ってみるとすぐに巨乳と漢字変換されたので、文献的にも公式な名称として認められてきたのかもしれない。
けれどももう少し掘り下げてみようと辞書で調べてみると、巨砲とか巨峰は出てくるが、やはり巨乳は出てこない。
残念だ。やはり文献的に認められたというのは早計過ぎた。
というか、性なるクリスマスの夜に何を調べてるんだ、という感じである。
あ、間違えた、聖なる夜だった。

それにしても漢字というのはきっと男が作ったものなんだろうな、と僕は思う。
例えば「好」
女と子供を合わせて“好き”と書く。
女子供は可愛い、大事にすべし、とも捉えられるし、単純に男が女子を好きだからそれをくっつけて“好き”としたとも考えられる。
それから「始」
女を台にして“始める”と書く。
これは何だ、ずいぶんと男尊女卑的で偉そうな漢字だ。
女を台に、、、これは考えようによってはかなりいやらしくも見えてくる。

いやらしいと言えば「狙う」という漢字もなかなかだ。
編と作りを切り離して眺めてみると、後ろからケモノを狙う“目”がかなり陰険でいやらしく見えてくる。
それから「娘」
良い女なら“娘”になるが、女もあまりに兼ねすぎれば“嫌”になる。
ひと文字ではないが「愛撫」もそうだ。
愛があれば手なんか使うな、という意味だろうこれは。え?違うのか?

しかし何だ、こうして書き並べてみると、何だか本当に漢字は男の都合のいいように作られたような気しかしてこないが、なるほど!と思わず唸るのは「母」という漢字である。
女に種を付けてそれを大事に囲ってあげると一転して“母”となる。
母という漢字をじっと見つめていると、身重な女がゆっくりと歩いている姿に見えてくるから不思議だ。
これは我ながら素晴らしい発見だと思う。

そこで巨乳、すなわちスーパーフルーツの話である。
前置きが長い割にはかなりどうでもいいことを書いているような気がしてきたのだが、ここまでくるともう止められないのでもう少し続けることにする。

今日、ある居酒屋で彼氏連れのものすごい巨乳の子がいて、これがまた結構可愛い女の子だったのだが、テーブルの高さと椅子の高さの関係上、向かい合う彼氏と前かがみになって話す際、そのスーパーフルーツがテーブルに乗っかっている姿が何ともエロく、それがもしその女の子が意図的にしていることなら、それは往年のプロレスラー、アブトーラ・ザ・ブッチャーが、試合開始早々パンツの中から長いフォークを取り出して、テリーファンクを痛めつけるくらい反則行為なんじゃないかと思った。
もし僕がレフリーなら、さっさとゴングを鳴らしてそのスーパーフルーツを取り上げるだろう。

傍にいた友人はその光景を見て、
「あれはクリスマスプレゼントですかね」
と呟いたが、そんなワケはないだろうバカやろう。
なんてナンセンスなことを言い出すんだ。
けれども今宵は何と言ってもクリスマスイヴ。
たかだが安居酒屋で、何が食べたい?なんて優しく聞いているそのヤサ男が、まるで一品料理のようにテーブルの上に乗っかっているその巨乳を見て、実際にどう感じていたかは分からないが、僕が本当に食べたいのはそのスーパーフルーツなんだよ、という心の声が確かに聞こえてくるようであった。

巨乳の女の子は、カシスオレンジを飲みながら美味しい!と笑う。
彼女の笑顔が嬉しいのか、彼女の巨乳が嬉しいのかは分からないが、彼氏はそれを見てとても嬉しそうだ。
そう、女が喜べば男は嬉しい。
女が喜ぶ、と書いて「嬉しい」とは、
まったく粋な漢字を考え付いたもんだと思う。

大人も子供もメリークリスマス。
巨乳にもメリークリスマス。

巨乳はやっぱり罪だと思う。
バカだな、男って。
ワンダフル。

ポケット

  • 2014.12.14 Sunday
  • 09:41


君がもし 知らず知らずに
大切な何かを置き忘れてきてしまっても
僕がそれをポケットに
気付かないふりしてしまっておいてあげるよ

寒い日には君の手を
僕のポケットに入れてあげて

駅までの狭い道を
手をつないで歩いてみる
大事なものは言葉じゃなく
このポケットの中にある

さりげなく握りしめて
君に返してあげれたらいい
そしていつもの月のような
笑顔が戻ればそれでいい

寒い日には君の手を
僕のポケットに入れてあげて

どこまでも続く道を
どんなふうに歩いて欲しい?
迷いながら 探しながら
そんな感じでもいいかな?

君の中の 僕の中の悲しい過去や綺麗事は
手の中で温めてすべて溶かしてしまえばいい

約束は一つでいい
約束は一度でいい
約束は求めなくたっていい
約束は叶えればいい




【プチ解説】
友人の結婚式というのはとても嬉しい。だけどその後の披露宴のたびに歌を頼まれるので(しかも宴の最後のほうで)酒は呑めないし腹いっぱいにもなれないし、何より最後まで落ち着かないし、一時期、歌うことを本気で断っていた時もあったほど、結婚式と言えば必ずギターがついてきて、そこにカメラマンとしても頼まれたりすると、もはや披露宴は僕にとってただの疲労宴でしかなかったものだ(笑)

今はみんないい歳になって、周りの友人たちの結婚も殆ど片付いたので、
結婚式そのものに出る機会も随分と減ったけれど、この曲はそんな誰かの結婚式で歌う為に作った曲で、バツイチ同士のふたりだったので甘ったるい曲は違うな、と思ったし、そんな無責任な歌は自分自身も長く歌えないな、と思って正直に書いてみたら、まったく結婚式ソングっぽくなくなってしまった、というね(笑)

でもそうやって人の絡んだ思い出があるおかげで、今も一年に一度くらいは歌う曲として傍にあるし、あの時の友人の喜んだ光景を思い出すことも出来る。
歌は思いやりなんだ、って思うきっかけを与えてくれた曲ですね。
人としての思いやりも、それこそポケットにそっと隠し持っておきたいものですよね。

君を思う

  • 2014.12.02 Tuesday
  • 22:43


君と歩いた道を 風の流れにそって
歩いてみるのさ 緑色の風に吹かれて
君と過ごした日を思い浮かべながら

余計なことばかり言ってた気もするけど
今となれば もう過ぎたことさ
気にしないで
僕と君はもう 他人なんだから

君といた毎日の中で 僕は何を君に残せたかな
あの日二人が感じていたはずの
隙間の無い優しさをまだ覚えてる?

風に流された君との約束は
夕暮れの中に溶けて消えてゆく
風に流されて聞こえてくる噂を
僕は聞きながら
僕は知りながら
気にしながら

始まりの時と終わりの時くらい
もう少し素直になれなかったのかなぁ

風に流された肝心な言葉は
今も僕の中に溶けずに残ってる
風が連れてきた 懐かしい歌や懐かしい匂いで
初めてのキスの日のことを思い出してしまった

風に流された君との約束は
もう夜空の向こうに溶けて消えてしまった
風に流されて聞こえてくる噂を
僕は聞きながら
僕は知りながら
ここにいて




【プチ解説】
2012年5月12日のワンタイ参照。
『ちょっとだけステキなお話』

風の詩を聴け

  • 2014.12.01 Monday
  • 18:05


今年もまた夏が終わり
色々あったけれど
強くなれた人も
変われなかった人も
明日からまた頑張ればいいさ

思い出は素敵だけれど
今をもっと好きになれ
少しくらいワガママなほうが
ずっと自分らしくあれるもんだよ

新しい季節の風が吹くこの頃は
終わることのない 素敵な夢を見る

誰だって ひとつやふたつの
不安な夜もある
そんな時は外へ出て 風の詩を聴け

今年もまた秋が来て
月がとてもキレイだ
僕を通り過ぎた人たちと
またどこかで逢えたらいいな
またどこかで笑えたらいいな




【プチ解説】
自分の曲の中で一番古い曲で、考える限りたぶん十八年前くらいに作った曲だと思うのだけど、作った当初は駄作だと思って三年くらいボツにしてたんです。
でもある日のライブでどうしてもバラード調の曲が一曲欲しくて、録り貯めたデモをあさっていたら出てきて、当時は毎回ライブアンケートを取っていたのだけど、まぁこれでいっか、とその時限りのつもりで歌ったこの曲の評判が一番良くて、えー!なんで!みたいな。

季節モノの曲なのでライブでは秋にしか演らないけど、こんな古い曲を今も歌っていられるのは、この曲を好きでいてくれるお客さんたちが今日まで育ててくれたおかげだと思っています。
育ててくれた恩を忘れないために、また来年の秋にお逢いしましょう。

月にさけべ!

  • 2014.11.28 Friday
  • 01:03


今月は嫌なことばかりあったから
早いとこ来月にならないかな、なんて
しょうもないことを考えてるうち
また今日も不毛に終わってゆく

「明日やればいっか」
なんて、したり顔して
お前の言う明日はどこだ?
地球は回る
そして悲しみは 夜に舞い降りる

月がキレイな夜は
君を思い出してしまう
だから僕は歌う
口ずさむ歌はラブソング

足りないならかき集めりゃどうにかなる
でも今を切り取ったところで何が残る
ホントは今すぐ飛び出したいくせに
そうだろ?

手探りだらけでくたびれてるけど
さよならは言わないでおくれよ
君だけは見えてる
月のように

誰かを思いやってるつもりでいても
それで自分を殺してんじゃ意味がねーよ
それが続くなら そう長くもない

愛情も友情も みんな同じだ
仕事も家族も みんな同じだ
矛盾だらけでも抱きしめてやる

臭いものに蓋をしたらもっと腐った
それは何?それは誰?
あぁ、オレのことか

お願いだ
今は抱きしめておくれよ




【プチ解説】
この曲を書いたのは、あるきっかけがあってのことでした。
もちろん曲を作るにあたって根源にきっかけはあるのだけど、友人の為にどうしても書きたかった、というより、一ヶ月以内に書くよ、と約束したんです。
でも渋谷DESEOライブ当日の朝に書き終わったものの歌詞を覚えられなくて、後にも先にも初めて譜面台を置いてライブをした。
今隣りでギターを弾いてくれている近沢くんと知り合ったばかりの頃でもあって、ライブ観に行きます!と言って初めて観に来てくれた日でもあった。
上手く歌えなくてね、すごく恥ずかしい思いをしたことを覚えている。

でも今でもこうして熱を保ったまま、いや、あの頃よりもずっと熱を帯びたまま演奏し、定番の曲に成り得ることが出来たのは、誰かの為に作った、という確かな思いがそこにあり、それが結局は自分に対しての歌でもあった、ということが、結果言霊となって昇華してくれたのだろうな、と思っている。
今後もこの曲が誰かの胸に少しでも響いてくれることを願っています、ありがとう。


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