孤独の扉の開き方

  • 2013.12.25 Wednesday
  • 23:50


だいぶ前、馴染みの居酒屋で呑んでいた時のこと。
それは確か深夜二時くらいのことだったか、
ギャンブルで大負けしてスッカラカンになってしまった、という六十過ぎくらいの親父がかなり酔っぱらった様子でやってきて、このまま手ぶらで家に帰っては女房に合わす顔がねぇ!と可愛いことを口にしながらカウンターにドカッと腰を下ろすと、

「おぅ!手羽先の唐揚げを二人前土産でくれ!あとはビールもだ!」
と偉そうに注文した後で、傍らにいた僕をひと睨みした後でこう説き始めた。

「おい、兄ちゃんよぉ〜、人生はよぉ〜、セックスと土地と金はよ〜!」
「セックスと土地と金、、、?」
「そうよ!セックスと土地と金はよぉ、人生はよぉ〜!ローリングスト〜ンズ!」
「ローリングストーンズ!?」
「分かるか!黒く塗れ!よ!ミックジャガー!わっはっはーっ!」
「むー、、、」

もはや親父のその口調から、それが酔っぱらいのただの戯れ言なのか、それとも親父が長年胸に抱いてきた持論なのか、それは僕にはちょっと理解し難かったが、その親父の言っている意味はまるで分かならないワケでもなかった。
しかし確かに、確かにそれが人生だと言われれば一理あるかもしれないけれど、人生がセックスと土地と金だなんて言い分は、まるで夢なんてとっくに捨てた四十過ぎのしがないサラリーマンが、飲みの席で仕事と金と愛人の話でしか盛り上がれないのと変わらないじゃないか、とそんな物悲しい気持ちになってきて、親父の言葉は秋の枯れた空気のように僕の左の耳から右の耳へ抜けると、トイレの水洗便所の中へと冷たく流れていった。

お待たせしました、と店員さんが言って親父がお土産の手羽先を手にする。

「おぉぉ、、、兄ちゃん、騒いで悪かったな、ローリングスト〜ンズ!サティスファクションよ!わっはっはー!ミック!ジャガー!!」
いきなりやってきて、いきなり高々と演説のような講釈をたれていた親父は、今度は高々と右手を上げて、陽気に叫びながら店を出て行った。

そんな親父が千鳥足でのれんをくぐりながら去ってゆく後ろ姿をぼんやり眺めながら、その話のいったい何がローリングストーンズで何がサティスファクションなのか、もうそんなことを考えること自体バカらしくなってはいたが、あの親父はきっと悪い人なんかではないのだろうな、と思った。
だって、酔っぱらってミックジャガー!と叫ぶ親父に、悪い人なんていない。

たぶん、きっと、ただ孤独なだけなんだ。

大人って孤独だな、と思うようになって久しいけれど、仕方がないよね、別に隠し事をするつもりなんてないのに、大人になると口に出来ない苦い物事が胸の中に増えすぎて、何年も大人をやっているのだからそうした苦味に慣れてもよさそうなのに、いや、やっぱり苦いモノは苦いなぁ、と胸の苦味を噛み砕いては人知れず憂いてみたり。

そんな時、信頼という言葉が頭にフワッと浮かぶ。
信頼って、言葉にすると何だか仰々しいし、その始まりこそ与える者と受ける者、という分かりやすい構図から芽生えてくるものだとは思うけれど、簡単に言ってしまえば実績みたいなモノで、お互いが過ごした時間の中で、相手が気付いていないような小さいモノから、“あの時に助けてもらった” という実態のある大きなモノまで、図らずもお互いが感じ得ることが信頼の礎となることは間違いないし、単純にその人に逢うだけで元気になる、なんて人もいて、あれも確かな信頼の一つなのだと思う。

信頼と感謝はワンセット。
大人になると、心から信頼を寄せることの出来る人がいるか、逆に自分も他の誰かに信頼を寄せてもらえているか、それを実感出来るか否やで、ずいぶんと心の孤独値も変わってくる。

そんな時、自分が信頼を寄せる友人や人々のことは揺るぎのないものだからいいとして、自分に信頼を寄せてくれる友人や人々なんて本当にいるのだろうかと、そんなことを考え始めると正直不安になってくる。
この歳にもなると、昔は綺麗事にしか聞こえなかった「誰かのために生きる」という行為や行動がとてもシンプルなことに思えてきて、自分のために生きることよりも、誰かのためになることに力を注ぐことのほうが、自分の中から遥かに力が湧いてくることに気付く。
だって、嘘というまな板の上で真実を嫌々調理するくらいなら、真実というまな板の上で嘘を上手く調理してあげることのほうが遥かに逞しいし、そのほうが遥かに誠実だと感じているからだ。

料理なんていい例だよね。
一人だけで食べるなら、納豆だってパックのままでいいし、刺身だって餃子だってそのままでいい。
けれども、そこに誰かがいるのならやっぱりお気に入りの器に移して差し出したいし、箸置きだってきっと用意する。
餃子だったらスーパーの惣菜モノや冷凍モノなんかではなくて、きっと自分で作ってしまうのかもしれない。
それを、何カッコつけてるの?一人の時にはそんなことしないくせに!なんて言う人もきっといる。いや、実際にいた。

まったくその通り。
おおいにカッコつけている。
でもそうじゃないんだ。
相手がそこにいるからこそ、そうしたいと思えることがたくさん生まれるのであって、カッコつけたいと思う気持ちは決して無理をしているのではなくて、それを気持ちいいと思っているからこそ出来ることなんだよね。
そして何よりも、それをした時に初めて、表面的な触れ合いといった部分が解けて、本当の意味での相性や大事な部分がお互いに見えてくるのだと、僕はそう思っている。

時が流れてゆくのと同じように、環境も人も流れてはまた変わってゆき、怒り方や忘れ方、考え方ややり方といった価値観も変わってくる。
だからいつまでも同じ場所にこだわって無理に留まっている必要はないのだと思う。
友人や経験にしても、それらは財産とは昔から言うけれど、だからといってそれを無理やりにまで守ろうする必要もないのだと思う。
大事にしていたいと思っていても、環境的な理由やら何やらの理由でいつの間にか会わなくなってしまった友人や人々なんてたくさんいるし、つまらない経験をプライドに昇華させてしまったおかげでそれが足かせになり、歩こうとする道を塞いでしまうことだってたくさんある。

けれども自らのプライドは自らの手で処理するからよしとして、何となく繋がっているような友人でも、実は心の中ではいつも気にかけていて、その人のための指定席がいつの間にか出来ているというか、そこはいつも空けておきたい 、と思えるような相手はやっぱりいて、そんな人と逢って、欲しかった信頼や築いてきた信頼や、再び芽生えた信頼をテーブルの上に並べながら肩を並べてそれをつまみにして呑んでいたりすると、そこに辿り着けたことが嬉しくなり、目の前の美味い焼き鳥なんかより、なんだろう、どうもありがとうという気持ちになる。
そしてそのような信頼する相手と一緒にいると、自分のダメな部分を寛容に受け入れてもらえたような気がして、だからやっぱり、どうもありがとう、という気持ちになったりする。

だから、大人は孤独だけれど、それを誤魔化すために誰かとワイワイ呑めるのならまだマシで、例え時間が掛かっても、愚かな自分のせいで人に迷惑をかけたり失敗を繰り返しても、一人でも多くの信頼を寄せ合える人間を育んで心の傍に持つことや、一人でも多くの人に自分を信頼してもらえるような人間になることが、きっと豊かな大人になるための義務でもあり、孤独という扉を開くことの出来る鍵を手にする唯一の手段なのではないかと、そんなことを考える。

だって人は、人から信頼されることで自分を大人にさせてもらえるのだものね。
それは自信もまた同じ。
大人としての自信を得るために一番効果的なのは、自分のしている仕事を周りに評価してもらうこと。
そして最も理想的で崇高なのは、そんな自信を周りの人に分けてあげられること。
そうすればね、孤独感という、極当たり前で陳腐な感情が消えて無くなることはなくとも、安心して手を繋ぐことが出来るし、少しは胸も張れるはずなんだけどね。

まぁね、それはあくまで理想であって、自分にはまだまだ遠いなぁ、と思う日々なのだけど。

何はともあれメリークリスマス。
明日は今年最後のライブだなぁ。
今、大事だと思う人々に想いを馳せて、ワンダフル。

悲しい嘘つき

  • 2013.08.12 Monday
  • 17:58


人間は弱い生き物ではないけれど、
自らの弱い部分を見つめながら生きている。
そんな生き物だと思う。

コンプレックスなんてみんな持っているし、
みんな持っているモノならば、あ、そうか、
じゃあ決して特別なモノなんかではないじゃないか。
そういうことにしておけばいいのだと思う。

だからといって自らの弱い部分ばかり見つめながら生きていると、
とても救いようのない気分になってくるので、
自らが見落としがちな自らの強い部分やいい部分を、
そっとでいいから時々誰かに誉めてもらいたくなる。
たぶん、それが人間の愛おしき弱さなんだろう。

哀れな自分をさらけ出すことはやっぱり怖いけれど、
悲しい嘘つきになる前に、誰かに話してしまえ。

本当のことを、ほんの少し。
ちょっぴりとだけでも。

彼女がウソを覚えた瞬間

  • 2013.07.05 Friday
  • 13:15


朝帰りに“ウソ”はつきものである。
ずっとずっと昔、高校生の頃に付き合っていた女の子と初めて夜を共にする際、まず始めに取り掛かったのは、彼女の親を騙すための画策であった。

これは致し方のないところだ。

今思えば、本当に純粋だった彼女をけしかけて、戸惑う彼女に受話器を持たせたのは僕だったが、それまで可愛い振る舞いを見せていた彼女が、自宅のダイヤルを回し終えた途端、突如、名女優へと変貌した。

「あ、お母さん?今友達の由紀の家で期末の勉強してるんだけど、由紀のお母さんが、良かったら泊まっていきなさい、って言ってくれて…いい?由紀のお母さんに電話変わろっか?」

おいおい!何てこと言ってるんだ!と、僕は驚いて目を白黒させていると、
「んー何か買い物行っちゃったみたい。…うん、うん、ちゃんとしてるから。うん、大丈夫、よろしく言っとく。うん、判ってるって!うん、ありがと、じゃまたねぇ」

…ガチャン!
「やったー!バッチリー!」

名演であった。
嬉しそうに笑いながら飛び付いてきた彼女を、ぎこちない手と嬉々とした気持ちで抱きながら、その一方で心の中のざわつきが静かにいつまでも消えなかったのは、彼女がウソのつき方を覚えてしまったその記念すべき第一歩に思いきり自分が加担してしまったことと、いとも簡単にウソを言ってのけた彼女に一抹の恐さを覚えたのだった。

女は恋でウソを覚えるのだー。
当時16歳の僕には実感を伴った悲壮な大発見であった。

そしてその日を境に、女の子のつくウソが、男のソレとはまた異質のものであることを次第に知ってゆくことになる。

あれから二十年以上の時を経て、僕も数えきれないほどのウソを重ねた。
ついたウソ自体忘れてしまったものもあれば、自分でも許せないウソ、というのも記憶の中にたくさんある。
殆どのウソは見栄やエゴで形成されているのだろうし、健全なウソにしても、自分や相手を守るためだけに発生する。

大人になったから、というのも加味されたのかもしれないが、僕はだいぶ昔から、目の前の相手のウソを見抜いたとしても、許せる範囲であるのなら気付いていないフリをすることにしている。

なぜなら肝心なのは、ウソをついてしまった後で、
その人間が何をするかが大事な気がするからだ。

しかし女は皆、名女優である。
ワンダフル、、、じゃないよなこれは!

旅の話、そして現在。

  • 2013.02.18 Monday
  • 20:30

naoto suzuki × mommy's
live at yoyogi labo 2013.2.11
photo by miyuki


昔、二十五歳の頃、日本の社会から人生二度目のドロップアウトをして、当時同棲中だった彼女を置いてアジア放浪の旅に出た。まだバックパッカーなんて言葉が世間に浸透していない頃の、進め!電波少年という人気番組で猿岩石がヒッチハイクの旅へ出る前の頃の話だ。
成田=バンコク間の一年オープンチケットを当時六万五千円ほどで購入し、その他のルートや交通手段や宿などはほぼノープランのまま現金二十万円とTC五万円だけ持ってバンコク入りし、しばらくの間のんべんだらりをキメ込んだ。着いて早々バンコクの安宿でトラブルに遭い、僕は大切な旅の資金を九万円も失うことになったが、その後気持ちを取り直してタイをバスで縦断した後で中国の昆明へ入り、それから大理、成都、西安、そこからシルクロードを横断して万里の長城の果てまで。

その後は敦煌、ゴビ砂漠を抜けてチベットはラサ。ラサへ向かう際は少しでも出費を抑えたい気持ちと冒険心から、中国人しか乗ることが出来ないバス(現地では闇バスと呼ばれていて、正規料金の四分の一程度でチケットを入手出来た)に人民解放軍の変装をして乗り込めたまではよかったが、途中三回ほどある検問所の最初の検問所で日本人であることが公安にバレて、出発地点であったゴルムドの町まで強制送還されて公安局に一日拘留された挙句、罰金まで取られて余計に高くついた。
悔しいので翌日にまた闇バスに乗り込んでやろうと町外れのターミナルへと向かってみると、僕のせいでゴルムドの町へ戻るハメになったそのバスが、乗客である人民たちと共にまだ立ち往生していて、僕の姿を見つけるや否や、お前はもう来るな!と叫ばれて石を投げられた。
後にも先にも、あんなに人から敵意を剥き出しにされて投石されたことは初めてであった。

その後五千メートル級のヒマラヤ山脈を三度越える五十五時間のバスの旅をしてネパールはカトマンズ、そこからポカラ、キルティプルにバクタプル。ネパールからインドへは、途中で乗っていたランクルが事故に遭ったりもしたが、スノウリという小さな国境の町に辿り着き、そこから三十キロほどあった荷物を背負いながら、アップダウンの激しい山道を十キロほど徒歩で越境し(盗賊や山賊が出ることで有名な悪名高きルート)ゴーラクプルからバラナシ、カルカッタ。当時まだ在命していたマザーテレサにも会いに行った。
出来ることなら最低でもイスタンブール、欲を言えばヨーロッパへもお金が続く限りどこまでも行きたかったが、先述したようなトラブルが何度かあったせいで旅の資金も尽き、結局五カ国程度しか旅することが出来なかったが、その旅の間に起きた出来事や人々との出逢いは今も大切で貴重な思い出であり、今をたくましく生きるための礎を作ってくれた青春の大事な時間でもあった。

旅へ出た理由は、何だっけな。
時間だけはいくらでもある。
だからとにかく出来るだけ遠くへ行きたかった。
二十代前半の男なら殆どといっていいほどに陥る自分探しみたいなモノ、と言ってしまっても間違いではないと思うけれども、とにかく、何にイラついているのか何に焦っているのかも分からないようなそんな青い日々の中で、誰の手も力も借りずに何か大きなことを自分の力だけでやり遂げたい、という気持ちが強くあったことだけは確かだった。
でもそんな目的を持った有志ある旅も何ヶ月も同じことを続けていれば目的を失って、今していることは旅なんかではなくただの放浪だ、と気付いた僕は、放浪の旅を終えて再びバンコクの地を踏んだ。
その時は確かに自分が一回りも二回りも大きくなったような気がしていたが、日本へ帰るための支度をバンコクの安宿で一人している際に、長い旅の間に起きたことや出逢った人々のことを回想していたらとめどなく涙が出てきて、旅へ出る前の自分の考えがいかに浅はかで愚かな考えであったかを知ることになった。

誰の手も力も借りずに何かを成し遂げる?
そんなバカげた話があるか。
もし仮に誰の手も力も借りずに人生を生きてきたつもりなり、今現在まで生きてきたと言うのなら、その人は何て孤独で哀しい人間だろう。何て孤独で寂しい人生だろう。
確かに僕は、宿の手配からビザの発行、旅券の手続きから何から何まで自分で行って、確かに、それは確かに誰の手も力も借りずにすべての国々を自らの足で回ってきたが、旅の道中で知り合って飯や酒を共に食らった人や、出逢った異国の人々の優しさに触れていなければ、この旅はこんな鮮やかに彩られることなくいつまでもモノクロームのままで、僕はとっくに旅を終えてとっとと荷物をまとめて日本へと帰っていたことだろうな、と考えたからだった。

そう、僕はそうした人々との出逢いに心を震わせて笑ったり喜んだりして、時に手を振って別れて涙したりする度に背中を押してもらい、歩を前へと進めることが出来たのだ。
だからあの旅以降、僕は一人で何かをしてやろうとか、一人で生きていこうだなんてそんなバカげた考えは捨てたし、捨てたおかげで人の優しさに触れる機会が多く訪れて、そのおかげで人に感謝する機会が劇的に増えた。
それは僕のような陳腐な人生の中でも得ることが出来た、かけがえのない大きな財産でもある。

先日の水曜日、音源提出〆切間近の僕のために夜を通して朝までレコーディングに付き合ってくれ、素晴らしいギターを吹き込んでくれたThe Bluestoneのちかちゃんこと近沢博行くん。
出来上がった音源の僕の演奏は、弾き語りの一発録りということを差し引いてもとても褒められたようなモノではないけれども、その代わりレコーディングの概念みたいなつまらないモノは取っ払って、大事なモノはそこに閉じ込められたと思っているし、ちかちゃんの息吹が新たに吹き込まれたことによって、祇園で見た蛍が遠く東北の地まで飛び立っていく光景が目の前に浮かんだ。
今僕と共に音を奏でてくれているTEPPANのボブちゃんや539'sのミックちゃん、いつも僕のことを応援してくれているお客さんや友だち、そして家族。
僕はすべての人々に感謝している。
自分一人で生きていないことにも、自分一人で生きられなくなってしまったことにも感謝している。

だって手をつないでごらん、ギュッと抱きしめてごらん。
聴こえてくるだろう、他の誰でもない、自分の中のドキドキとした鼓動が。
共有するからこそ共鳴する。
共鳴するからこそ共感する。
共感するからこそそれを大事に拡げたいと思う。
それが今、この歳になって本当に嬉しいと思うんだ。


naoto suzuki × mommy's live at yoyogi labo


naoto suzuki × mommy's live at yoyogi labo
photo by miyuki


いつまで経っても青臭い男だけれども、これからもよろしくね、本当に。

今までの出逢いと、これからの出逢いに、ワンダフル。

キー

  • 2013.02.01 Friday
  • 14:40


先日三十一日に新宿OREBAKOで行われた『関東ギターエロスファイナル』のOAはTEPPANのBOBちゃんと久々のアコギ&ドラムのツーピース形態で、僕が静かに飛べる時、愛しいひと、月にさけべ!の三曲を演奏してきた。
さすがに三曲なら持ち時間の二十五分を余裕で守れると思っていたのだが、やはりエックスタイムが長いのか、MCが長いのか、終わってみれば二十四分。三曲で二十四分。これはいったいどういうことなんだろう、と自分でもよく分からなくなってくるが、とにもかくにもこの近年で久々に持ち時間をしっかり守った。やれば出来るではないか、鈴木ナオト!
そんなワケで、次回四月に行われる関東ギターエロスは、東京代表でおいらが出演することが決まっているので、この調子で時間を守りながら四月は一ヶ月間回っていきたいと思っている次第である。

それはさておき、最近六年前に書いた日記を読んでいたらちょっとツボだったので、ちょこっと加筆しつつワンタイに紹介!

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2007年3月24日『キー』

今の仕事をしてきて、今まで実にいろいろな生徒さんに遭遇してきた。
スタジオに入るなり一時間以上ずっと座り込み、 「生きる気力がない」と嘆いて、おいらをじっと見つめてきたりする女の人や、執拗な色仕掛けで迫ってくる人妻や、私は他でも声楽をやってるの、そこではトップクラスなのよ、とやたら自信満々なことに加えて高圧的な態度なので、敢えて黙って歌わせてみたらそれがヒドイ歌声で、挙句に腹式呼吸で息を吐く際、
「はい、吐いてください」
とおいらが言った途端、ブッ!!とひどく下品な音のオナラを放って、 瞬く間にひどい臭いがスタジオに充満してきたにも関わらず、それでも飄々とした態度で、ふん、とシラを切っているので、静かに腹が立って無言で換気扇を回してみたり、まぁ、キリがないほどいろんな人がいる。

そういえば以前、体験レッスンに来た女の人が、
「私は腹式呼吸は完ぺきに出来ているし、歌にもそこそこ自信があります!」
と自信満々に言うので、なるほど、そうですか、と軽く聞き流し、そういうことを言う人に限ってまるっきりダメな人が多いんだよなぁ、との懸念通り、実際に聞いてみると息漏れはひどいしこれがまた鳥肌が立つほどひどいので、正直に言ってヒドいです、と素直な感想を述べると、すがるような目つきでその体をおいらに向けて急接近。
いやいや!近付き過ぎですから!

「でもまぁ、腹式呼吸が出来ていれば歌が上手くなるワケでもないし、僕自身、腹式呼吸至上主義の講師ではないのでそれはいいですよ、歌は上手く歌う気持ちより伝える気持ちのほうが大事ですからね。でもどうしてまた腹式呼吸が完ぺきだなんて思ったんだろう、、、」
おいらは半ば呆れながら問いてみる。

この体験レッスンの時点では、彼女のアンケートの職業欄には “ヒ・ミ・ツ”とだけしか書かれていなかったので、彼女がいったいどんな仕事をしている人なのかは知る由もなかったのだが、それよりも普通、本当にヒミツにしたければ、わざわざ“ヒ・ミ・ツ”なんて書く必要があるのだろうか、空欄でいいじゃねぇか。 しかもなんだその「・」は。

「わたし〜、職業をヒミツって書いちゃったけど先生になら言っちゃおうかな!」
「なるほど」(早く言ってください)
「えーっと、わたし〜、普段助産婦やってるんだけどぉ」
「助産婦!」
「そう!助産婦!(ここでおいらに向かって指を指す)で〜、出産時に妊婦さんに呼吸とか教えたりして、すごく感謝されたりしてるんだけど〜」
「、、、」(もしかしたらひょっとしてそれはあなた、、、)
「出来てない!? 先生わたし、腹式呼吸出来てない!?」

「あの、、、ソレ、ラマーズ法、ってヤツですよね、ラマーズ法は歌の呼吸とはまったく関係ないです」
「えぇ〜!わたし腹式呼吸は完ぺきだと思ってたのにィ〜〜!」(ここでヘナヘナと座り込む)

とまぁ、思い返せばおいらを困らせる生徒さんというのは、その殆どがボイトレとはまったく関係の無いことで おいらを振り回してきたこと多々なわけだが、久し振りにボイトレに関することでおいらを悩ます生徒さんが出現した!

うれしい!
ガッツポーズをひとつ決めたくなる気分だ!

でもこれがまた難しい問題だ。
キーが分からない、と言うのだ。
カラオケに行った時、同僚が自分の声に合わせて伴奏のキーを低くしたり高くしたりしているのだが、アレは何の為にやっているのだ?と言うではないか。

「自分が歌いやすいキーに調節してるんですよ、それは」
おいらは答える。すると、
「歌いやすいとはどういう声ですか?」
と聞き返された。
「はい、じゃあ◯◯さんが今一番楽だと思う声を出してみてくださいな」
「楽な声って何でしょう」
「うーん、何も考えずに出す声、といったらいいですかね」
「あ、はい。あーーーー、、、」
「それですそれそれ!それが○○さんが出しやすくて楽な声ってヤツです。で、カラオケで歌う曲がその声よりキーが高いな、と自分で感じたら伴奏のキーを下げるし、低いようだったらキーを上げたりするんです、一般的には」

決まった。
これで納得してくれただろう。

「キーを上げる、下げる、というのはどういう意味なんですか?」

、、、なんだそれ。本気で言っているのか。

そこでおいらは、もう一度自分が一番楽だと思う声を出してみてください、と言う。
「はい。あーーー… 」

おいらはキーボードの鍵盤をひとつ押さえ、
「この音が○○さんが今出していた声、つまり楽な声ってヤツです。えー、“レ”ですね。じゃあよく見て下さいね、この“レ”を基準にして右へ弾いてゆくと音が高くなってゆくでしょう。これを上がる、と言います。逆に左へ弾いてゆくと、ほら、音が低くなっていきますよね。これを、下がる、と言います」

決まった。
これで分かっただろう!

「今何を言ってたのかちょっと分からなかったし、それが楽な声とどういう関係があるんですか?」

、、、おい。
自分が今何を言ってるのか分かってるのか。

そこでおいらは鍵盤を使うのを諦めて立ち上がると、ちょっと僕のジーパンのベルトを見てください、と諭し、
「このベルトをギュッ!と締めると、僕、苦しくなりますよね。逆に緩め過ぎるとジーパンがズリ落ちてきちゃいますよね。だからココの穴で止めてるんです。これは考えてこの穴をチョイスしているワケじゃありません。この穴の位置が一番楽でちょうどいいからなんです。なので楽な声ってヤツはこのベルトの穴と同じふうに考えてもらえばいいんですよ」

決まった、、、だろう。

だがしかし、目の前の生徒さんの表情は相変わらず浮かない表情だ。
待って、、、もしや、もしやひょっとしたらひょっとして、言ってることまだ理解出来てないのォォ〜〜??

「私、あんまりベルトとかしないんでよく分からないです」

いや、、、そういう話じゃなくってね、ちょっとでいいから想像してごらんよ。
ベルトしたことがないから分からないです、って、、、
オレをおちょくってるのか!どこのスパイだ!コラー!

「…うん、分かった。ゆっくりやってこう、うん」

誰か、どうしたらこの人にキーの高い低い、楽な声とは何か?
を上手く説明してあげれるのか、いいアドバイスがあれば教えてください。

本気で頭が痛くなりました。

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ね、ちょっと面白いでしょう。
自分で書いたことなのだけど笑ってしまい、時効というか何というか、個人名書いているわけでもないし、このピースフルな風景をお裾分けしたい気分になってしまったのです。
あぁ、音楽ってやっぱりステキというか、人って面白いですよね。
そしてこうした人々と対峙するたびに、自らの平凡さを憂いてみたり。
でもこんな風に色々な人たちが色々な思いを抱いて歌を歌う。
そりゃね、同じ歌でも歌う人が変われば見える景色も変わるワケですよね。

さて!そんなステキな音楽を奏でられる次回のライブは来週月曜の建国記念日!
2月11日は代々木laboにて、LeeLeeLewisが主催する“LeeLeeNight!”ですョ!
何せ今回は総勢十組も出演するのでスタートが16:30と早いけれども、いつものようにドドーンといきたいと思っているので、どうぞよろしくお願いしますね。
鈴木ナオト×モミーズは七番手の19:50出演予定ですけど、このリリナイは毎回出演者は秀逸だし、毎回出店しているお馴染みのリーリー亭は、お好み焼き、焼きそば、豚汁が300円で食べ放題!という本当に楽しいイベントなので、都合がつく限り始めから観てもらいたいなぁ!

それでは皆さま、会場でお待ちしております!
会えたら嬉しい、モミモミしましょうワンダフル!

2月11日(月祝)
『代々木labo〜LeeLeeNight!』
open/16:00 start/16:30 ticket/2,000
act / 道太郎(ORIF)/ LAST TWIST / カトヒロキング / GOD TV MEAT OIL'S / PYGMY / THE STRIP HENDERSON / 鈴木ナオト×モミーズ / ハロー青空トレイン / ALL SWAMPS / LeeLeeLewis

愛おしい人たち

  • 2013.01.29 Tuesday
  • 06:00


27日の代々木labo『pop circle』を観に来てくれた皆さま、共演者の皆さま、代々木laboスタッフの皆さま、本当にどうもありがとう。
代々木laboは今回で四回目の出演で、初めてのブッキングライブだったのだけど、代々木laboというライブハウスは、その深海を思わせるような屈指の照明と吹き抜けの二階構造の作りがまるで少年時代に夢見た秘密基地のようで、個人的にとても好きなハコだ。
加えてここのライブハウスのスタッフの人たちはとてもフレンドリー、かつ好意的なまでに親切な人たちで、文字にしてしまえば簡単だけれども、ステージを魅せて聴かせる、といった当たり前のことを当たり前だからこそ大事にしている人たちが多いような気がして、演者側としてはそんなlaboスタッフの心遣いと心意気に、いいパフォーマンスを魅せたい、という気持ちを引き出してくれる素敵なライブハウスだと思う。

そんな今回のlaboライブは、The Bluestoneのギタリストであるちかちゃんこと近沢博行氏がサポートに入ってくれての初めてのアコースティックライブだったのだけど、また共演者のスズキエリちゃん、SHIBAJACK、Vito、そこしれ公園、HEAVENのみんなが温かい人たちで、最初から最後までアットホームな雰囲気のとても楽しいライブだった。
ちかちゃんとは去年の三月にここlaboで行われたLeeLeeNightというイベントで知り合って、初めて彼のプレイを観た時から、いいギターを弾くヤツだなぁ、と思っていたのだが、今ではTEPPANのBOBちゃん、539'sのミックちゃんと、不定期ながらも一緒にやっているモミーズでもギターを弾いてくれていて、奇遇にも家が近いということもあって、プライベートでもよく夜な夜な呑んでいる仲だったりする。

ライブはね、個人的には毎回思うことが多々あって、満足するようなライブが出来ることなど殆ど無いのだけど、もともと一人の弾き語りでずっと活動してきたおいらのような人間にとっては、ライブの際に隣りに誰かがいてくれたり後ろにいてくれるというのは本当に心強いモノで、本番になってしまえばテンションは変わらずとも、ライブ前の気持ちの入り方が一人の時とはまったく違うんだよね。
彼は根っからのギタリストなので、本当にギターが好きなんだなぁ、と思う場面がそこかしこに溢れていて、ギターは好きだけどギターも上手くないし知識も乏しいおいらが話し相手では、きっと退屈だろうなぁ、と申し訳なくもなるのだが、いいプレイヤーとは何か、という大事な部分の考えが一致しているので、おいらは安心して自分の世界に没頭することが出来ている。

前に出過ぎて目立つギタリストはたくさんいれど、前に出過ぎないのにしっかり目立つ、といったサジ加減がまた絶妙で、基本的にはおいらの曲の世界観でステージを作っているはずなのだけど、その傍らでもう一つの世界観を作ってくれるんだよね。
それは彼がこだわり続けていることが昇華される瞬間でもあり、変幻自在で水のように人に合わせる技量を持ちつつも、しっかり個性は残す、という優れたギタリストの真髄を見せてくれる。
そうなると必然的においらはしっかり自分の歌を歌わなければならなくなるわけだが、何せ歌も演奏も中途半端な人間なので、これはもっとちゃんとやらなければ!という気持ちにさせてくれるのが、また彼と一緒に演奏する上での大いなる副産物だ。
だからもうちょっとちゃんとやれ、自分。

まぁそんなわけで、ちかちゃんとの初のアコースティックライブは、持ち時間が三十分のところを終わってみれば四十六分という、何でいつもそうなるのか、という安定の押し押しライブだったわけだが、撮っていたライブ動画を観てみると、四十六分中、曲中のコール&レスポンス(モミタイム)の時間が四分半、一回目のMCが六分半、二回目のMCが一分半(これは実に優秀だ!)三回目のMCが七分半と、全部で二十分近くMCに時間を割いているわけだからそりゃ押すのも当然で、よくよく考えてみたら本編はしっかり二十六分で収まっているわけで、なんだ、そうだったのかと、実は時間を守れていることにホッと一安心である。

それにしても改めて思う。ライブではしゃぎたい人、踊りたい人、面白いMCや歌を求めている人、歌よりも演奏を聴いている人、演奏中のプレイヤーの指の動きに萌える人、フロントマンの動きに魅せられる人、じっくりとその音や声に心を澄ましたい人、それはそれは多岐に渡って人それぞれ色々な楽しみ方があるのがつまりはライブハウスで、もし自分がそれらをすべて網羅して自分のモノに出来ていれば、おいらは今頃とっくにロックスターになっていたかも分からないが、音楽人や演劇人に触れ合うたびに思うのだ。
彼らがいかに不器用で照れ屋で精神的に未熟でも、なんて人間味に溢れた純粋な人間たちが多いことだろう、と。
だからステージという場所を借りて、自らに向けられた誤解やら偏見やら、秘めている思いや感情を表現したくなるのだろうな、と。
口が上手くて甲斐性もあって、処世術も錬金術も心得ている人間からすれば、こんなに時間を消費しながら儲からないバカバカしい世界は無い。
そんな人間ならきっとステージに立って何かをしたいなどと思わないだろうし、その人たちはその人たちで自分の正義の世界で生きている。いや、きっと我々よりも過酷な生存競争の中で日々理不尽なモノを相手に戦っているに違いない。
けれども仮にそんなヤツが傍にいて、弾けもしない高値のギターを抱えてステージに立っていたとしたら話は別だ。
そんなヤツは俺がステージから引きずり降ろしてやる。

だから色々な表現があって、好みももちろんあって、オレたちのほうがいい音楽をやっているはずなのにどうしてあいつらが、みたいなやっかみに似た気持ちを抱いてしまうことが時にあったとしても、それも実力、オーディエンスの人たちは気まぐれ、でもそれを選ぶ権利はあちら側なのだから、変にすり寄ったり合わせたりするようなことなく、これだけは大事にしていきたい、と思うモノだけはブレずに表現していこうって、そう思うよね。

お天道さんばかりを追うな、って話。
あっちが晴れてるからあっちへ行こう、と行ってみたら雨が降ってきて、元いた自分の場所のほうを振り返ってみたらそこが晴れていた、みたいなさ。
何事も、必要以上に何かに合わせようとすればするほど、自分らしさから遠ざかってゆくものだからね。
でもホント、ステージに立つ人って、衣装や歌や本という借り物を使って、あたかもそれがその人そのものように振る舞っているけど、ホントはとっても繊細な人たち多いことを覚えていて欲しいね。

いや、待てよ、、、ホントは気付かれてるのか。
もしそうだとしたらとんでもなく恥ずかしいことだ。
けれどもそうやってステージの裏側や言葉の裏側を読み取り感じながら観てくれている人たちこそ、決してミーハーなんかではない、優れた聴き手であることに違いないのだ。

そう思うとさ、ステージに立っている人たちって、何てどこまでいっても未熟で愚かな人間の集まりなんだろう、と何だかアホらしくなってきて、嬉しくなってきて、今日もそんな人たちに触れ合えることを愛おしく思うのだ。

だからそんな愛おしい人たちに乾杯。
そんな音楽に乾杯。
世の中の小器用な人たちに、ワンダフル。

小器用なひと

忘れてしまえ

  • 2013.01.18 Friday
  • 07:05


いつからこのワンタイも月一更新のブログになったのか、年末年始の挨拶もロクにしないまま一月も半ばを過ぎてしまった。そんなわけで皆さま、今さらあけましておめでとうございます、は無いので、新春おめでとうございます!あぁ、なんて日本語って便利というか、日本人は季語に富んだ言葉を扱える人種なのでしょう。これはホント、世界に対してもっと誇りに思っていい美徳だと思うよね。

東京はつい先日吹雪と言っても過言ではないほどの雪が降り、聞けば東京では七年ぶりの大雪だったらしいけれども、だいたい大雪に見舞われる時期って、新年明けてしばらくしてからが多い気がすることを思うと、あぁ地球は今日も回っているのだな、と思うし、先人さんたちが作った暦というのは何て優れたシステムなんだろうと、ただただ頭が下がる思いである。

だって例えば冬至は一年のうちで夜が本当に長いし、春分は赤道上から見た時、太陽は正午にしっかり天頂を通過する。これはどういうことなんだろうね。おいらがこの歳になっても未だに感心するのは、どこかの公園に行くと時々目にする日時計で、どうしてこんなモノが古代エジプトの頃に作られて、今の時代でも活用出来ているんだろう、と不思議で仕方がない。
日時計の優れたところというのは、機械時計が世界に登場してからもしばらくの間は、機械時計の精度が不十分だったことから日時計を基準として時間を修正していたらしいのだけど、それって機械時計の精度が不十分だったからというよりも、古代の日時計の精度のほうが優れていた、ということでしょう。

だから建築物にしても何にしても、古代の人々はテクノロジーにまみれた現代人に比べてはるかにたくましいというか、どれだけ優れていたのだろう、と今さらながら驚愕の思いで古代に胸を馳せる。
ま、もしかしたら古代の人々は時間が有り余り過ぎていて、ただただ暇なだけだったかも分からないが。

けれども現代人はそんな古代の人々が作ってきた暦からたくさんの恩恵を受けている。
個人的なことを言えば、一昔前までは、月が変わるたびに、
“よし、今月からまた頑張ろう!”
なんて調子のいいことを思いながら気持ちを切り替えられたもので、月が変わったことをいいことに、少なくとも一年のうちの十二回は容易に自分を生まれ変えさせれるように思う。

人間は常に自分の弱い部分を見つめながら 生きている生き物だと思うから、いつだってきっかけを探しているし、きっかけ一つでいくらでも人は変わる。
少なくとも、小さじ一杯ぶんくらいは。

もし一年が十二回に分けられていなくてずっと一月のままだったら大変なことになる。
今日はまだ一月十八日になったばかりなのでまぁ何も問題は無いとしても、これが仮に今が六月であれば、今日は一月の百六十九日、ということになり、 どこか気が遠くなるというか、 ずいぶんと様々なことがややこしくなるに違いない。

「ねぇねぇ、今度の一月の百九十九日って空いてる?」
「え、百九十九日?えーっと、えーっと、ちょ、ちょっと待って…」

そんな会話は嫌だ。
面倒すぎて頭が痛くなる。

だから月日が区切られているのは有り難い。
もし一月に嫌なことばかりがあれば、それはすべて一月のせいにして、 二月になったら全部無かったことにしてしまえばいいからだ。
でも現実はなかなかそう上手くはいかない。
それらすべてを無かったことにするには我々は社会的に大人になり過ぎて、やることの一つ一つにいちいち責任が有り過ぎる。
そしてそんなこんなの日々のうすのろに翻弄される機会が増えるに従い、今日と明日、今月と来月、などの区別や変化に日々鈍感になってゆき、あぁ、もう二月か、早ぇな…などと嘆くのだ。

年を取ることが何かなんて、そんな不毛なことを考えるのはもうずいぶんと前にやめた。
歳を取る、という確かな実感の裏側では、自らの器の大きさや限界を知るという実感も並行していて、自らの能力や可能性の上限みたいなものに薄々感づきながらも耐え凌ごうとする生きざまは、端から見ればそれは時に痛々しくも切なくも映ることとは思うけれど、大人はそれでこそ自らのモチベーションをギリギリの所で保っている。

偉い。
大人は偉いのだ。

やれることがあるうちは頑張ろう。
二年前に突然気管支喘息になって少々健康を害したおかげで感じていることでもあるけど、 この当たり前のように傍にある健康に感謝して頑張ろう。
例え借金があろうと、愛人が孕もうと、訴訟問題を抱えていようと、住宅ローンを抱えていようと、なぁに大丈夫、健康であれば何だって出来るはずだ。

昔ミスチルは“人は悲しいくらい忘れてゆく生き物さ”と歌った。
しかしそれの何が悲しいんだろう。
忘れてゆくことの何が悪いんだろう。
人は忘れてゆかなければ前へと進んでゆけないのだぞ。

だからこそ、忘れてしまえ。
目一杯、忘れたフリをしてしまえ。

無かったことには出来ないが、本当に忘れてしまうことなど出来ないが、大人としての優れた仕事とは、潔く忘れてしまうことである。
忘れたフリを上手く演じてしまうことでもあるのだ。



そんなワケで、最近iPhoneで撮って編集してみたショートムービーと、去年の夏から始めたモミーズのドキュメントムービーを二本アップしたいと思いマス!
暇つぶしにでも観てもらえたら嬉しいですね。

iPhoneで撮ってみたムービー。


モミーズドキュメントムービー


【ライブ情報】
1月25日(金)恵比寿club aim
1月27日(日)代々木labo (The Bluestoneの近沢博行氏と二人で演ります)
1月31日(木)新宿OREBAKO
2月11日(祝)代々木labo (モミーズ)
2月27日(水)新横浜Bell's

それでは皆さま、2013年の今年も鈴木ナオトをよろしくお願いします、モミモミ!

しかし屋根の上の残雪がかわいいなぁ、ワンダフル!

経験に対しての礼儀

  • 2012.09.25 Tuesday
  • 04:25


人間、どうにもこうにも相性の悪い相手というのはいるもので、そのような相手に対してはどんな手段を持ってしてもアジャストすることは不可能なように思う。加えて相性が悪いことはこちらのリズムにまで影響を及ぼすので、通常では考えられない失敗や怪我をしたりするからまた厄介だ。

でも考えてみれば世の中の殆どの人たちは、社会というコロニーに含まれる会社や組織や人間関係という渦の中で、嫌な人間に対してもしがらみに対しても、大人の対応を持って相手をしながら日々戦っているんだよな。

偉い、実に偉いと思う。

以前、ある居酒屋で大学生風の男五人が酒を囲っていて、その五人を仕切っていると思われるリーダー格の男と、その男の後輩だと思われる男が酔っ払った勢いで激しい口論を始めた。

「オマエは間違ってる!能書きタレる前にオレの質問に答えろ!」
リーダー格の男はテーブル越しにいる後輩に向かって怒鳴る。
「…っんだとっ!先輩面してんじゃねぇよテメェ!」
後輩の男は前のめりの姿勢になって激しく応戦する。

いったい何が間違っているのか、その話の内容までは当然知る由もなかったが、今にも殴りかかりそうな勢いのその二人を遠巻きに眺めながら、これは面白い、しばし拝見、とばかりにその様子を伺うことにした。

彼らは何分、いや何十分激しい議論を交わしていただろうか、他の三人がその二人の激論の中に口を挟 もうものなら、
「オマエは黙っとけ!」
と一蹴され、二人の激論を傍で酒を呑みながら静かに聞くしかない、まさに一触即発、そんな緊迫した雰囲気であった。

おいらはおいらで、お前らバカだぁ、若いなぁ、とほくそ笑みつつ、やがてその激しい議論も鎮静に向かって二人が落ち着きを取り戻した頃、リーダー格の男が残りのビールをぐーっと飲み干して、ダンッ!とジョッキをテーブルの上に叩きつけるようにして置いた後、男はその後輩に向かってこうぶっ放したのだった。

「オレはオマエを変えてぇんだよ!!」

感動した。
つまり、熱いと思った。

おいらは自分に、そして人に対してもこれまで正直に生きてきたつもりだが、彼らのようにあそこまで自分の正直な気持ちを吐露して相手に激しくぶつかってみたことがこの数年の間にあっただろうか、と考えた。
今よりずっと若い頃は、確かにあった。
それが原因で嫌な思いもしたし、相手にも嫌な思いをさせただろうと思う。
だが少なくともおいらが独立して以降は、そんなことは一度たりともなかったように思う。
年を重ねて臆病になった、とかそういうことではなく、目先のどうでもいいことにいちいち腹を立てたり、自分の意見を必要以上に強く主張することで
いちいち波風を立てていたらキリがないという、そういう類のことに人を巻き込むことも自分が巻き込まれることも実に面倒になっていただけのことで。
相手の言葉をほんの少しばかり強く咀嚼すれば分かることだろう、そんなムダなエネルギー使うんじゃねぇよ。だいたいがそんな感覚で処理出来てしまう問題で、そういった意味でおいらは実にモノ分かりのよい、実に都合のいい大人になっていると思う。
だが激しくやり合っていた若い二人を見つめながら、心のどこかでそんな二人を羨ましいと思っていたこの感情は何だ。
羨ましいって何なんだ。

まるでケンカ祭りのような酒席が終わり会計を済ませて去ってゆこうとするリーダー格の男に、
「大丈夫?だいぶ酔っ払ってるけど」
おいらは話し掛ける。
「大丈夫っす!すんません!うるさくしちゃって!」
傍で見ると、男というよりも男の子、と言ったほうが相応しいほど、顔のあちこちにあどけなさを残している彼はペコリと頭を下げた。
「いや、そんなことはない。聞いてた。いい話をありがとう、久しぶりに熱いのを見た」
おいらは正直な気持ちを述べて、彼の腰をポンと叩く。
「いっやー、そんなことないっす!ホントにすんませんでした!」
彼はそう言うと、さっきよりも深く頭を下げた後でニッコリと笑った。
おいらは彼らが店を出てゆくまでその成り行きを静かに見つめていたが、さっきまで激しく口論を交わしていたリーダーと後輩の二人は、店ののれんをくぐる頃にはフラフラとした互いの体を支え合うようにして、仲良く肩を組みながら出ていった。

時々、昔みたいにどこかへふらっと旅に出たいな、という思いに駆られる。
捨てたいモノがたくさんあり過ぎて旅へ出た二十代の頃とは真逆で、失くしてしまったたくさんのモノを拾いにゆくような、そんな旅に出れたらいいのにな、そんな甘ちゃんなことを考える。
けれどそれはあくまでも思考であって、その思考がそれ以上奥へ進むことはない。今のおいらにとってやらなければならないことはこの日常にあり、
今のおいらにとっての愛おしい日々がこの日常にある限り、お前は当分そこにいろ、お前はどこへも行く必要もなければ資格もない、そんな声が聞こえてくるようで、またお前かよ、分かったよと、いつも同じ結論に辿り着き、同じ道を歩きながら同じ空を見つめて帰る。それはつまり自分の意志でもあるし、自分が重ねてきた経験に対しての礼儀だと思うからだ。

五年後、更新速度は以前よりもだいぶ落ちたとはいえ、まだこのワンタイを飽きもせず続けていたとして、その時にこの古い日記を読んで、あぁオレはバカだな、若かったな、と思えるように、自分の成長を深く実感出来る日を迎えられたらいいな、と思う。
それと同時に、自分の好きな人間ばかりで周りを固めるのではなく、失敗しようと怪我をしようと、苦手な人間や嫌な人間の一人や二人くらい傍にいてくれたほうが有り難いかもな、そんなことを考える。
そういうことならオレはお前らをとことん利用してやるぜ、と。
使わない武器は錆びるし、その前に持っていたことすら忘れるから。
そして何よりも、人を嫌いになるってことは、人を好きになることよりも覚悟が必要だから。

そういう覚悟を今のおいらが持てるのか、って話で。
そういう覚悟が今のおいらには必要なんじゃねぇの、っ て話で。

恋の番付理論

  • 2012.09.08 Saturday
  • 13:00


鉄は熱いうちに打て、との諺は誰もが知っている言葉だとは思うが、つくづく恋というのも、熱いうちに打たなければ成就するものもしなくなるな、と思う。
気持ちを伝える、という意味ではタイミングというのは実に大事だし、機が熟すまでじっと待つという忍耐力も必要ではあるが、じっとしているうちにどちらかが冷めてしまい、いざ打とうと思ったら打てなくなってしまった、ということが事実としてあるのは、普通に恋をしたことのある人なら、一度くらいは思い当たることがあるだろう。

恋は魔法である。言葉は麻薬である。だがその効果のほどはあまり長くは続かない。
賞味期限が薄れないうちに手を付けておかなければ、あっという間にその効能も薄れてしまい、アレ?私どうしてこんなにまでこの人に夢中になっていたんだろう、と目を覚ましてしまうのも時間の問題だ。

なのでやはり恋は熱いうちに打て、というのがおいらの持論でもあるのだが、どうも恋というのには、相撲の番付に似たからくりが潜んでいるような気が昔からしてならない。

相撲の世界では、どんな力士も横綱になることを夢に、それを目標として、強くなるための稽古に日々励んでいるものとは思うが、残念なことに横綱にカド番は無い。負け続ければあとはもう、引退しかないのである。
※ 角番(かどばん)とは、大相撲の本場所において負け越しをした場合に、その地位から陥落するという状況である。
その点、大関はどうであろう。大関は二場所続けて負け越せば関脇へと陥落、という取り決めはあるものの、負け続けたところで即引退、とはならない。どこまでも地位を落としたとしても、それは確かに難儀なことではあるが、力を取り戻すことで再び大関へと返り咲くことが出来るのだ。

ここで思うのは、強くはあったけれども結果的に短命に終わり、人々の記憶にあまり残ることなく引退してしまった横綱と、波瀾万丈な土俵人生を送りながらも息長く現役として活躍し、人々の記憶に深く刻まれた名大関とでは、どちらが力士として幸福だったのだろう、ということだ。

これを恋愛に置き換えて考えてみると、彼、もしくは彼女となった人は、晴れて横綱へと昇進を果たせることが出来るが、もうその後は引退しかないのであって(付き合っていた人と別れた後にも友だちでいれる人が時々いるけど、あの感覚は個人的にはちょっと分からない)ただの勢いで横綱になったものの、横綱になった途端に弱くなっただとか、横綱になった途端に偉そうになっただとか、部屋のおかみさんをドメスティックバイオレンスばりにぶん殴って廃業になったりだとか、横綱になったからといって、幸せなことばかりが待ち受けているワケではないのである。

その点、今にも付き合いそうで付き合わない、友達以上恋人未満、もしくは永遠の恋人、と呼べるような存在は、微妙な立場、つまりカド番としての場所で仮に負け越して関脇に陥落してしまったとしても、またアピールすれば大関へと返り咲くことも出来るし、そもそも友達以上恋人未満の関係にドメスティックバイオレンスは存在しない。つまり横綱にまでならなくとも、名大関としていつまでもその人の心に刻まれることが出来るのである。

まぁこんなことを考えて慎重になりすぎてしまったが故に、業を煮やして去っていってしまった女の子たちもきっといたのだろうし、腐っても鯛、腐っても巨人、三度の飯より横綱になりたい、というのが本当の所なのだろうが、急いで横綱へと昇進させてしまったがために、ひどく短命な横綱に終わってしまうケースもあったりするわけだ。

鉄を熱いうちに打たなかったばかりに形が歪み、切れ味が薄れてしまおうと、それはそれで味わいがあり、何よりも不必要に人を傷付けない。
けれども鉄を熱いうちに打てばその切れ味は鋭いが、時に必要ではない所で人を傷付けてしまうものだ。

目指すのは短命の横綱か、それとも名大関か。
晴れて横綱になったのなら、とことん強い横綱に。
誰だって横綱になりたい気持ちは同じだもんね。

ちなみにおいらは、いつか横綱になるなると言われ続けて三度も綱取りに失敗した高田みずえの夫であり、緑の回しで昭和の角界を支えた名大関、若嶋津が大好きだった。
(往年の相撲ファンでもない限り、まず誰も分からないだろうな)

それでも切れ味を求めたいのなら、やはり恋は熱いうちに打つべきである。
魔法も、一生解けることがなければそれはもはや魔法ではない。
ただしちょっとした力でもスパッと切れるのでご用心を。

火は点けることより消すことのほうが難しいのだ、ということだけは肝に命じて。

雨のせいにして

  • 2012.05.18 Friday
  • 02:46


金曜日は雨の日が多い。
それは本当にそうなのだけど、理由なんて知らない。
その前に、きっと理由なんてないと思う。
雨の日は路面が濡れて町がキラキラする。
雨の日には走る人をよく見かける。
雨の日にはしかめっ面の人に遭遇する率も格段に上がる。
急いているのか、腹を立てているのか、
それが何のせいかと問われれば、きっと雨のせいと答えるんだろう。

雨に濡れるのはあまり好きじゃない。
それはネコだって同じ。
動物は雨の日には狩りをしない。
そういうふうに出来ている。

雨の駅のホームで、ハイヒールを履いた巻き毛の女の子が泣いていた。
女の子の傍にいる男はサラリーマン風の出で立ちの男。
じっと黙っている。
それにしてもひどい泣きっぷりだ。
その見事なまでの泣きっぷりは、まるでアイドル全盛の八十年代に
日本レコード大賞を受賞した時の松田聖子のようで、
ウソ泣きなんじゃないかと疑うほどだ。

じっと黙っていた男が無言で女の子の傍から立ち去ると、
それまで泣きじゃくっていた松田聖子は一瞬顔を上げて男を見やったが、
何かを諦めたかのような表情を浮かべて再びうつむくと、
その後は見ていて気の毒になるくらい、
何度も何度も肩を震わせて、しまいにはしゃがみ込んでしまった。
その光景は、まったくの他人である僕すらも哀しくさせる。
ましてやこの雨だからなおさら。
松田聖子はきっと、今夜の雨を憎むだろう。

電車に乗る。雨の日の電車は好きじゃない。
車内の空気から何から何まで、その質感が許せない。
たった一区間の電車賃ですら惜しいと思う。
こんな空気を吸うためにこの切符を手にしたのかと思う。
冗談じゃない。僕は松田聖子なんかじゃないんだ。

金曜日は雨が多い。
それは確かに事実なのだけど、それよりも金曜日は人が多い。
何の為にこんなに人が多いんだ、と僕は思う。
けれどそんな僕もこの鬱蒼とした人混みの中の一人。
だから余計に腹立たしくなる。

相変わらず、目の前を人が走る。
待っている人でもいるんだろうか。
それとも見たいテレビでもあるんだろうか。
人が雨をよけているんじゃない。
雨が人の背中を押しているんだろう。
きっとみんな濡れたくないんだ。
それはネコだって同じ。
雨の日にネコは外をうろつかない。

傘が無い。だから僕は走る。
雨に濡れるのはやっぱり好きじゃない。
タクシー乗り場は、色とりどりの飛べないコウモリがウヨウヨとしていて、
安っぽい塩化ビニールの匂いがそこかしこに充満している。
どれくらいの人がこの雨を憎むだろう。
どれくらいの人がこの雨を言い訳にするだろう。

すれ違いざまに男の肩が僕の肩にぶつかって、
「すいません!」と男が言う。
すいませんー。
それを言われれば僕は男を責める気もしない。
これが「気をつけろこのやろう!」だったらどうだろう。
きっと僕は腹を立てて睨みつけるかもしれないし、
喧嘩になって逆上した相手に、傘の先で目ん玉を突き刺されるかもしれない。
その逆だってあり得る。

世の中の事件のほとんどはそうした些細な事柄から勃発して、
男と女の憎愛や嫉妬の顛末が、
我々が日頃無責任な興味を持って目にしているニュースなのかもしれない。

雨がひどくなる。僕は走る。
駅前のドン・キホーテで百九十八円のビニ傘を買う。
タバコだって買えやしない、牛丼だって食えやしないこのたったの百九十八円で、
僕は平和を手に入れた。安いもんだ、と僕は思う。

そんな平和に守られて雨の中を歩いている時に、
ふと先ほどの松田聖子のことが頭をよぎる。
彼女は傘を買っただろうか。
傘をさす力、傘を買う力くらいの余力が彼女の中にあれば、
彼女は哀しい女にはならないと思う。
ビニ傘の中でうんと泣きながら歩くことが出来るのなら、
彼女は不幸な女にはならないと思う。

雨に打たれて濡れそぼりながら歩く女には、きっと幸福なんて訪れない。
そこにはただ、同情の雨が降り注ぐだけだと、僕は思う。

雨に濡れるのは好きじゃない。だから僕は走る。
けれども百九十八円で濡れずに済むのなら、
僕はこの雨を憎むことなんてない。
靴の踵だって、この雨の中じゃすり減ることもない。
ただたまたま運悪く雨が降ってきた、それだけのこと。

それでも濡れてしまったのなら、抱きしめてやってくれ。
それでも濡れてしまったのなら、抱きしめてくれ。
全部全部、雨のせいにして。

全部全部、己の弱さのせいにして。

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